February 12, 2009

女真文字と簡体字

中国の簡体字を作る時にすでに民間であった簡略字をたくさん採用したことは有名である。以前このブログで簡体字は北方で多く使われる傾向にあることや女真文字や契丹文字と雰囲気が似ているのでなにか関係はないかと述べたが、そのヒントになりそうな論文を見つけた。

張秀民の「遼金西夏印刷簡史」である。これによると金は印刷業がとても盛んでおもな中京(現在の北京)や南京(同じく開封)以外でも平陽などの地方都市で印刷を盛んに行った。

とくに平陽の印刷業は独特の発達をし、たくさんの印刷用の特殊な文字まで作られた。これが現在の簡体字と共通するものが多い。

とすると、女真の金統治時代に、簡体字のもとになるような漢字が創られたということは、やはり間接的に関係しているかもしれない。ありがたいことに女真文字一覧の良いものをいただいたので、ちょっとじっくり眺めてみようか。

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February 05, 2009

コロンボにはまる

英語が大事だということを痛感した。右翼とか左翼とか関係ない。英語帝国主義とかいう人もいるけど、ある程度仕方ないと実感した。人生時間が無限じゃないからいまさらエスペラント語は無理。相性っていうのもある。なんだかんだ言っても英語は昔からやってきた。オバマさんの演説を聞いていると、感動する。これもたぶん英語の力なんだろう。「Thank you. Thank you. Thank you so much.」「Change. Yes, we can.」なんてのをすぐ真似して悦にいる。こういうお調子もののところが語学が大成しない原因だろうけど、仕方がない。

言語学のT先生に英語の勉強法を直伝いただく、ipodは買ったし、英文法(のっけから名詞のa、the、複数にニュアンスの違い。なるほど~。先生ははじから読むんじゃなくて、わからないところを読めって感じだったが、読んでも面白い)に新しい英英辞典(こちらはまだ買っただけで使っていない。英作文の時いりそうみたいだ)

あと衝撃的だったのが、好きなドラマをたくさん見るというのがあった。最初シャーロック・ホームズにしようかと思ってたが、何度も見ていてあらすじ知っているし、まあそれでも英語の勉強には良いかもしれないが、せっかくなら面白いのが良いと考え、「刑事コロンボ」完全版を購入。

これが面白いってなんの。むかーし見たはずだからなんとなくは覚えているんだけど、あらすじは忘れているので、思わずのめりこんでしまう。いいねコロンボ。ピーター・フォークが絶品。小池朝雄の「うちのカミさんがね」はあっさり「My wife says」だったりして拍子ぬけ。

でも覚えるのが、殺人(murder)、義理の母(stepmother)、身代金(ransom money)とかをどんどん覚えてしまう。こんなんでもいいのかな。あとおもしろすぎて英語の字幕をよく見なくてもドラマについついのめり込んでしまうのだけれどもいいんだろうか。もっとメモったリしたほうがいいのかな。ただ、1話だいたい90分なので、我が家でこれを見続けるのは結構大変。T先生は1日3時間韓国ドラマを見るっておっしゃっていたけど、うちはヨメがおこりそう。今、中国語のドラマを探すんだと息巻いています。だれか中国語と英語が両方でてくる(もちろん字幕も両方)ドラマを探して~。

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January 22, 2009

非英語圏はよくないか

英語は国際的な言語である→英語の勉強が大事である。なぜなら英語による情報量が圧倒的に多いからである。とここまではよいが、では英語を公用語とすべきなのだろうか。

これはおそらく多くの言語学者が言っていることなんだろうけれども、望むらくは英語も理解できる必要はあるが、必ずしも英語を主言語とすべきとは限らないと思われる。

英語圏の人は、一般に外国語学習は不熱心であるように思われる。とくに英語を母国語とするような人は。なぜなら、英語は非常に便利で通じる言葉なので、あえて外国語を勉強しようという意欲は生まれないようだ。これは英語に限らず、中国語やロシア語を母国語とする人たちにもみられる。

日本語はどうか。残念ながら、というか幸いにも日本語も使える人がかなり多い言語で、日本語を主言語とする人びとはやはり世界の中では外国語学習は熱心とは言えない部類にはいるような気がする。

物事にはたえず両面であり、外国語学習に不熱心でいられるというのは、外国語を習得しなくても外国の情報を取り入れるシステムがあったり、それほど必要でない環境に住んでいられることが大きい。

しかし、不利な点としては、違った見方や考え方がしにくい。発想の転換をはかるのが難しい。とくに言語は、その使い手の文化をいろんな意味で、とくに怖いのは無意識な部分を束縛するので、単言語の使い手は、なかなか複眼的発想が難しいだろう。

日本(日本語の海の中)に生まれ育ったことはもとより、さらに日本語的発想や思考法は、身にしみついたものだから簡単には変えられない。それはデメリットであるが、メリットでもある。日本人が日本人たるゆえんは日本語なのである。日本人にとって当たり前のことは、それ以外の人には当たり前でないことが多いだろう。

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January 16, 2009

英語の重要性

外国語学習が趣味の我が家であるが、どれもなかなか身につかない。その原因はいろいろあるが、ひとつにはいろんな言語に手を出すからだ。

私の知り合いのV先生は、言語学者だけあって十数言語ペラペラだ。ただ、こういう人は珍しいというか、先生は言語学者だから、特別だろう。

さて、どうせ身につかないのだから、せめて英語だけちゃんとやっておけばよかった(と思うのは私だけではないだろう…)。

麻生総理大臣ほどではなくても、たぶん大学の一般教養程度の英語力をまじめに維持していれば、だいぶ役にたつ。中学一年生から大学の二回生まで、浪人一年を含めて、9年間は週二~三回程度授業があるのだから、それなりにやっているし、英語は国際的言語だけあって、比較的とりくみやすい言葉だと思う。学校の英語の授業でとことんいやになっているからか、授業以外ではまったく使わないというのはもったいない。

英語圏の情報収集力は改めてすごいと思う。かなりマイナーな分野のマイナーな言語、たとえば、日本史を含む東洋史や考古学の「非」英語の論文や研究がドンドン英訳されている。ドイツ語やフランス語はたまたモンゴル語の東アジア考古学の論文か…ほとんど読むのは無理とあきらめていたというか、やる気ゼロと思っていたら、なんと重要なものはみーんな英訳されているのだ。(ということを教えていただきました。)英語ならまあなんとか見てみようとは思う。

英訳されているものはグーグルでも検索されやすいようです。グーグルパワーおそるべし。(だけど私は百度の愛用者です。百度はハイライトされたところへ飛んでいく機能があってとてもよい。)

万が一、学生さんがこのブログを見ていたら、英語の勉強を大学やその後もとにかくやめないことが肝心ということを覚えていてほしいなあ~。

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December 09, 2008

OLにっぽん 第7回 中国語セリフ

在日剧“OL日本”汉语台词
场面A
(李大龙)你太过分了!
你这是在依赖别人,你知道吗!
场面B
(杨洋)那么快点儿收拾吧!
(张琳)好。
(杨洋)从这儿开始。

日语翻译(日本电视台)
シーンA
(李大龍)いいかげんにしないか!
      君は甘えている!
シーンB
(楊洋)じゃやろうか!
(張琳)いいよ。
(楊洋)ここからはじめよう。

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August 05, 2008

黒田先生の味方です…

先週の中国語の宿題(作業?)は私の趣味だった。あまりに時間がなかったので、食堂で必殺シャープの電子辞書を駆使して、「我的愛好」是三国演義なんていうのをB51枚程度書き上げた。来週添削が返ってくるのが恐ろしい。ヨメは古代の遺跡探訪みたいなことを書いていてうまくまとめていた。

だが、考えてみれば、私の趣味は三国志なんていうのも恰好がいいが、それほど今ははまっているわけではない。かつては、作文にも書いたが、岩波文庫の小川環樹先生ほか訳の三国志にはじまって、吉川英治、柴田練三郎、陳舜臣、立間祥介はては横山光輝のマンガ三国志(これは吉川英治本の漫画化だったと思う)などと通読し、山本翁の本以前はドカベン(水島先生)か上記の三国志のどれかを便所で読むというのが定番だった。

しかし、今はもっぱら山本夏彦翁以外の本は読まない(長編は長くてめんどくさいというのもある)。だから今の趣味はと聞かれれば、山本翁の本とでも書けばよかったかとも後悔する。しかし、日本の魯迅先生とでもいえそうな山本翁好きなひとは好きだが、尋常な人は腹を立てる人も多いので、中国語の宿題にはやっぱり適していなかったとも思う。

だとすると私の趣味ってなにか。それはたぶんちっとも上達しない外国語学習のようである。物心ついたころから続けているものと言えば、巨人ファンを除けば、歴史と考古学であるが、これらは趣味というよりはどちらかというと仕事の延長という感じがどうしてもしてしまう。論文執筆が趣味なんて書きたいが、いろんな意味で差しさわりがありそうだ(学術論文を馬鹿にするのかと勘繰られそうだ)。まあそんなことを気にするようではいけないけど。

その点外国語学習は、考えてみれば歴史だけは古い。小学校二年生の時おたふく風邪かなにかで、学校を休んでいた時に婦人手帳というNHKの教養番組に藤堂明保先生が漢字の起源を話されていた。非常に面白くて、おたふく風邪はすっかり治っていたのだけれど、番組をすべて見たくて、何日か学校をずる休みをした。その後徳間ブックスから出ていた藤堂先生の「漢字の起源」という本を親にせがんで買ってもらい、夏休みの自由研究にしたくらいだ。このとき藤堂先生は漢字は中国語を表記するために発達した文字ですから、発音が重要ですとおっしゃられていた。それも古代中国語の音が反映している日本の漢字音だけでなく、現代中国語の勉強も漢字を勉強する上では欠かせないと。

さっそく熱中しやすい私としては、NHKのラジオ・テレビ中国語講座にはまったものだ。「我愛北京天安門」なんかこのころ覚えた。BCLだってこの外国語学習(というか探検に近いか)の延長の部分が大きいかもしれない。北京放送も熱中してきいた。

とにかく知りたいという情熱はいろんな障害を突破するんですね。中国語にはまるとともに当時はだれも教えてくれなかった韓国語が、実際のBCLでは耳障りなぐらい入ってくる。はじめはまったく意味不明、そしてどうやって調べていいかわからなかったが、海外放送の場合IS(インターバルシグナル)やIDといって放送局を特定するための手がかりが当時、バカ売れしていたBCL入門なんていう本に詳しく書いてあった。それを熟読しているうちに、中国語は××広播電台(××には地名がはいる)、韓国語は××パンソン(放送)ということがわかり、とくに韓国語の漢字音が日本語の漢字音に近いだけでなく、熟語が日本語と共通していることも分かってきた。

中国語ではプレジデントは総統だけれども、韓国語はテドンリョン(大統領)で日本と同じであるという具合に。今度はにわか韓国語ブーム。当時は公に韓国語の単語や挨拶を知っているというのは言いにくい雰囲気だったが、それが子どもの好奇心と優越感(おれは人の知らない秘密の言語を知っているという)から余計、BCL仲間とはまっていった。アンニョンハセヨとかカムサムニダとか××ラゴ ハムニダ(××と申します)みたいのは、ちょうど赤穂浪士の合言葉みたいに学校の廊下で話していた。

とくにそのころ日本では独裁者として進歩的新聞からぼろくそ言われていた朴正煕大統領をパクチョンヒと読むなんて、KBSで発見し、BCL仲間で盛り上がったものだ。当時の日本の新聞はボクセイキというように日本の漢字音読みだし、北朝鮮の放送もなぜか日本の漢字音読みだったから、ラジオ韓国の放送から聞き取るしかなかった。とくに、最初最後のヒの音が聞き取れずパクチョン大統領と弟と朴大統領のことを呼んでいたが、どうも違うらしいことに気が付き、録音テープを何度も聞き返してヒとかすかに言っていることを、発見?してKBSに質問して確認してもらったなんてこともあった。(これ学校の勉強としてやらされていたら絶対やらないと思う)

21世紀入ってから絶対勉強しないだろうと心に誓っていたロシア語すら勉強するはめになるんだから、わからないものである。たぶんヨメさんほどではないが、外国語学習が好きなんだなあ。それもちっともうまくならないことが、あまり苦にならない(何年勉強されていますかと聞かれるときのみちょっといやーな気がすることもあるが)。

だから最近ヨメさんがはまっている黒田龍之助先生の本は、なるほどとうなづける点が多い。黒田先生に励まされているような気さえしてくる。

ただ、黒田先生、どうも自分は世の中からずれていて、自分と意見が違う人ばっかりということが多くて、反論をあらかじめ封じながらエッセイを書かれているような気がする。しかし、これって学者の悪い癖らしい。私も世の反論を予想しながら文章を書くことが多いが、人から注意されるこれが多い。「世の中敵だらけじゃありませんよ。味方だっているんですから。もっと素直に言ってください。」たしかにそうである。少なくとも私は黒田先生の味方ですから。(世の流れにさおさしているところが、山本翁同様、黒田先生の本の面白さかもしれないが)

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April 05, 2008

BCLの思いで

 子供のころ BCLというのが流行った。Broadcasiting Listenerの略なので、決して海外の短波放送を聞いてべリカードを集める趣味という意味ではないが、実際はBCLをやっているというと海外の短波放送を聞いてべリカードを集めるということであった。

 小学校のころ最初にはまったのが、ラジオ韓国、北京放送、モスクワ放送である。のちに朝鮮中央放送やラジオ・ベリタス、ラジオオーストラリア、BBC、バチカン放送などの日本向けの日本語放送である。日本語だからなんてことはないかと思いきや、今考えるととても勉強になったのが、地名や人名が現地読みだったことである。

 たとえばラジオ韓国は、人名を韓国語読みしていて、朴正熙(ぼくせいき)大統領はパクチョンヒ大統領であったが、ヒの音がちびっこBCLには聞き取りづらく、最初「パクチョン」大統領と受信報告書に書いたりしていたが、智恵者の友達が、新聞に出ている朴正熙大統領を韓国語読みしているのであり、朴が「パク」、正が「チョン」だから、熙に対応する言葉がなにかあるはずだということになり、しっかり聞いていると、「玄界灘に立つ虹」という番組で、パクチョン大統領と言っていることが判明し、受信報告書にパクチョンヒ大統領と書けた時の感動はなかった。
 
 また、インターバルシグナルといって各放送局特有の音楽やIDといって放送局が自分のことをアナウンスする部分を確認することが受信報告書執筆の必須部分なのであるが、とくに現地語の部分を口真似するのが、流行った。

 ラジオ韓国の「ヨギヌン ケービーエス ラジオハングォ クゥクチェ パンソン イムニダ」や台湾の自由中国の声「チョーリ シ スーヨン チョングォ ズー ション ザイ チョンフア ミングォ タイワン タイペイ…」などは覚えて、呪文のように唱えていたものだった。ちなみに弟はこの海外放送のIDのアナウンスのことを作文に書いて、賞をもらっていた。

 またニュースの内容を受信報告書に書くのだが、これまた智恵者がいて、その日の新聞を見ながら書けばよいということに気がついたのだが、当たり前だが、日本の新聞と見解が正反対ということがよくあって、これもある意味とても勉強になった。共産圏の見解が日本と違うのは当然だが、日本の新聞が当時はあまり伝えなかったアメリカやイギリスが日本と意見がとても違うことがママあることがBCLで手に取るように分かったものである。 

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November 27, 2007

ウマとクニの古代史

まったくの日本語と思われている言葉のなかに、大和言葉(倭語とでも言ったほうがよいか)ではない言葉がある。その多くは古墳時代以前の日本には存在しなかったものを表す言葉らしい。

①ウマ(馬)、ウメ(梅) 【それぞれ現代中国語では、ma3、mei2(hua1)】
②ゼニ(銭)、ラニ(蘭) 【同様にqian2、lan2】
である。古代中国語の発音の詳細は私にはよくわからないが、マやメイにウが語頭ついてそれぞれウマ・ウメになったパターン①とゼンやランにイ音がが語尾についてそれぞれゼニ・ラニとなったパターン②があるようだ。

中国語の授業で、十二支の午の説明をするときに午馬(wu3ma3)というので、その時は日本語のウマは「午馬」から来たような気がするがどうもそう単純ではないらしい。

日本語では単音節の単語というのは本来無かったためか、みな二音節化するために①の場合(ウマパターン)は語頭にu音が付き、②の場合(ゼニパターン)は語尾にi音がついている。

これは今でもある現象で、子音で終わるのを日本語は嫌がる。長野オリンピックの入場券を売る外国人のダフやがticket(切符)を「tiketto」(チケットォ~)と「o」音を強調していた。興味深いのでそのわけを聞いてみると、ダフ屋の元締め(日本人らしい)が、英語の発音そのものだと日本人には切符のことだと分からないので、語尾にo音をつけて強調すると通じると教わっているとのこと。なるほど。

cat→kyatto、dog→dogguと語尾に母音が付くのが日本人には自然に聞こえる。

さて、私が最近気にしているのは、クニという言葉が②のパターンではないかということである。その語源はずばり「郡」である。これは私の発見ではなくて、たしか岡田英弘先生がどこかで指摘していたと思う。郡は現代中国語(北京語:jun4)であるが、語尾にi音がついてクニになったのではないか。

さて、いつクニという言葉が発生したかというと、遅くとも7世紀には成立していた。『隋書倭国伝』(巻八十一 列伝第四十六東夷倭国)に軍尼が出てくる。「有軍尼一百二十人,猶中國牧宰.八十戶置一伊尼翼,如今里長也.十伊尼翼屬一軍尼.」この軍尼は普通クニのことを示していると考えられている。(現代中国語の北京音でも郡と軍は同じjunである。日本語でもおなじく「グン」と読む)

その後段に「都斯麻国,迥在大海中.又東至一支国,又至竹斯国,又東至秦王国」などと出てくるのであるから、国と軍尼はこの段階(6世紀末から7世紀初)の日本では、区別されていた可能性が高い。

つまり国と軍尼(クニ)は中国人からみると別のものであった可能性が高い。

魏志倭人伝はもとより漢書にも日本列島に「国」があったことが指摘されているが、これはあくまで「コク」であって(厳密にはそれに相当する古代漢語)、「クニ」ではなかっただろう。

このクニが仮に②のパターンで中国語の「郡」が日本語化されて「クニ」になったとしたら、それはいつか。理論的には弥生時代から飛鳥時代の間ということになるが、私は弥生時代の可能性があると思う。ただし、クニはあくまで古代日本人が認識したカテゴリなので、中国人の目からみると、春秋戦国あたりの古典的中国の国に相当したのではないか。また漢代は郡国制をとっていて、中央政府の役人が派遣されて収める「郡」と漢室の親藩(初期の頃は、譜代もあったが、後に廃止)が納める「国」があったから弥生時代の日本人の目には国と郡は区別しにくい存在であったかもしれない。

話かわって、千曲川流域に俗に「赤い土器のクニ」があったなどと比喩されるが、この「赤い土器のクニ」は「邪馬台国」の「国」に匹敵する大きさであると思われる。伊都国、末盧国、奴国などはのちの律令の郡レベルのおおきさであり、これは赤い土器のクニのなかの佐久や上田といった小盆地レベルの大きさに相当する。

私は弥生時代の邪馬台国(邪馬台国の弥生時代といったほうがよいか)は、日本列島を統一するような勢力であったとは到底考えにくい。逆に「赤い土器のクニ」(千曲川流域+甲府盆地)ぐらいだったとすれば、邪馬台国所在地問題も自然と見えてきそうである。

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September 22, 2007

中国語の外国語表記法

中国語の外国語表記法には大まかには二種類ある。
①意味から訳す場合。
オックスフォード→牛津
ケンブリッジ→剣橋
②音を当てる
キャノン→佳能
サントリー→三得利

②は日本でいえば万葉仮名なんかもそういう部類に入るだろう。

しかし、音であてるといっても、漢字には意味がある。サントリーの中国語訳は三者が利を得るという意味
なのだろうか。いずれにしても縁起がよい字だったりよい意味になるようになっているようだ。

コカコーラ→可口可楽も秀逸である。

さて、最近中国語の先生に教えてもらった秀逸な例を二つ
パチンコ→扒(手偏に八)金庫(pa jin1 ku4)
金庫を探る(掘る)というような意味にとれるそうだ。これは音を当てたパターンで
あるが、漢字の意味もある程度内容を示している?

もう一つが
ライブドア→活力門(huo2 li4 men2)
なんだか意味を単にあてたようだが、なんとこれ、ホリエモンを音で表してもいるそうな。
なるほどな~

ところで中国語の教科書では最近一世を風靡しているらしいI先生、以前テレビを見ていたら
意外とオヤジギャグが多かった。それもそのはず中国語ってオヤジギャグ的発想にみちみち
ているんだな…

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September 01, 2007

暴虎馮河となにごとも先達はあらまほしきことかな

 私ないしヨメの隠れた?(別に隠してはいないが、世間の人には注目されてはいない)趣味に外国語学習と翻訳がある。ヨメはそれでも外国語を大学で一応系統だって学んでいるので、話せる話せないは別にして、外国語学習法というのが板についている。そのせいか発音の上達も早い。

 一方私は、大学の第二外国語は中国語であるが、なんとか通っただけ(それでも一応二年間)であり、社会人になってから中国への派遣がきまり、泥縄で一年、あとは中国の現地で体当たりで憶えただけである。

 もっとひどいのがロシア語で、これまたロシア訪問のチャンスが到来し、その直前の半年間と、最訪問の前の一年間だけである。ロシアへの最初の訪問時のロシア側の要求?が「次回はロシア語が話せる人といっしょに来てください」(笑)である。アネグドートの国だから、冗談半分ではあるが、英語で通訳してくれた朝鮮語学科の女の子の目は真剣だった。

 その私が翻訳を無謀にもしているというのはまさに「暴虎馮河」であるが、ただ、この本当に無謀な試みにも唯一、自信というか秘訣がある。それは「生きている人かつ知り合いの論文」を訳すことである。どういうことかというと、わからない部分は本人に直接聞くと言うのがある。奥の手というか、ある意味あたり前であるが、これがとても勉強になる。

 ただ、最近、「生きてはいるが、知り合いではない」あるいは「亡くなっていてかつ知り合いでもない」人の翻訳をやることになりつつある。こうなると奥の手が使えないので、やはり「何事も先達(せんだつ)はあらまほしきことかな」(by兼行法師?)である。

 先日も恥ずかしいのが、訳文うんぬん以前に、中国語の表記(簡体字)をちゃんと日本漢字に直しきれていなかったことである。どういうことかというと、例えば日本語の「と」にあたる「與」は簡体字では「与」(厳密にいうとちょっと字体が異なりますが、便宜上お許しください)と書く。例えば雑誌「文物与考古」のように。しかし、私はこれを日本語としては「文物與考古」とすべきと考えている。

 こういう簡体字が偶然、日本漢字の別の字と一致しているケースがあるのだが、中国ツウの人は、とくに断らなくても「文物与考古」は頭のなかで変換して「文物と考古」の意味で、これは日本語の「あたえる」という意味ではないと解釈してくれるのだが、たぶんこういう間違いをするとトーシロ丸出しなのだと思う。

 先日指摘されたのは中国の地名(遺跡)で「○○庄」と書くのは「○○荘」のことで、意味が似ている上に、中国ツウの人は自然と頭で変換するからそれほど問題ではないと慰められたが、やはり赤っ恥だ。

 うーん大学の講座でもたしかよく注意された点なのに…。頭ではわかっているような気がしていても、身についていないとはこのことだ。

 さて、話変わって、最近知合った中国の方名前を漢字でどう書くかお聞きしたところ、「日本にはない漢字で、日本の国語の先生が大漢和辞典で調べたくらいだ」と少し悲しそうに話されたのだが、その字を見せていただいたところ、「古代中国の将軍の名前と同じだ」と気がついたところ、一気に話が盛り上がった、(中国の歴史の教科書にもあまり出てこないそうである)こういう智識は、『十八史略』なんかで得た智識ではなく、『三国演義』やそのゲームなんかで得た智識なんだけど、役立つと嬉しい。「ドーシテ知っているのか」と聞かれてうまく説明できず、「中国の歴史が好きなんです」(間違いではないが、なんだかな~)と誤魔化してしまった。

 やはりこういう智識が古典的教養に裏づけられていれば本物なんだろうけれど…。ローマは一日にしてならずであるから、明日からも古典の勉強をせねば…

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