July 27, 2010

怪しいテレビ欄

 今年の途中から訳あって、巨人軍の機関紙から変わって地元紙を取っています(Yうりさんごめんね。男の台所の斎藤記者どうなったのか…。心配です。)。この新聞どうも、巨人に批判的なようで、小さい扱いなので、朝、プロ野球に割く時間はほとんどなくなりました。時間を有意義に使うためには、ある意味良いことです。

 また、さすがに地元のネタは強く、なかなか面白い記事もあります。だけど、嫌なのはたまに一面にでる何をいいいたいのかわからない論説。こうした論説が一面に出た日は、不快な気持で出勤します。

 しかし、こうした論説はたまにあるものの、救われるのが町山広美さん(なかなかの美人)の「怪しいテレビ欄」。これ通信社の全国配信記事かと思ったら、この新聞の独自連載らしい。毎週楽しみです。

| | Comments (1) | TrackBack (1)

October 11, 2009

『神々の乱心』の古代史

さて、『神々の乱心』の古代史についてであるが、私に興味がある点でいえば、清張さんは天皇制は卑弥呼に起源があり、卑弥呼の鬼道はシャーマニズムで東北アジア起源であり、天皇制は東北アジアのシャーマニズムに起源があると考えているようだ。(かなり乱暴なまとめ方ですが)

私は半分賛成で半分反対。現在の天皇制や天皇家の文化に東北アジア文化起源のものがあることは事実。ただし古代天皇制(あるいは現代の天皇制も)は卑弥呼起源でない。

天皇制や天皇家の文化に東北アジア起源のものがあるのは、もう少し新しい時代の影響、古墳時代中期以降の影響、少なくとも騎馬民族征服王朝説のような時期と私は考える。

ただ、卑弥呼の鬼道を東北アジア起源としたのは、参考になる。東北アジアとくにのちの満洲族につながるような女真のなかには電母と呼ばれる鏡を使った女性シャーマン(薩満・珊蛮などと漢字であてる女真語らしい)がいる。彼らの祖先が多紐細文鏡を使って神おろしのようなことをしたのかもしれない。それが卑弥呼に影響を与えた可能性はあるかもしれない。紀元前後の東北アジアとくに満洲の民族は森の民の様相も強く残していたようで、夫余などの習俗もかならずしも草原の遊牧民族そのものとはちょっと違う要素がある気がする。シャーマンもナナイなどより東側の森の民や川の民の間にもいるわけで、東北アジアというとすぐ遊牧騎馬民族とするのは、短絡なのかもしれない(T・バーフィールドも指摘している)。

卑弥呼が古代天皇制の起源という点には反対だが、卑弥呼の鬼道が東北アジア起源という指摘は、真摯に考えてみたいと思う。しかし、そうはいうものの清張さんは天皇家の祭祀の中に、卑弥呼の鬼道を思わせるものをなにかつかんでいるのかもしれない。ただ、その場合も、天皇家固有の文化とは限らない。天皇家の本質的な文化があり、そのほかに被支配側の文化を取り入れた可能性もあると思う。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

October 10, 2009

神々の乱心

松本清張さんの作品はほとんどというほどではないが、結構読んでいるほうだろう。もちろん「断碑」や「石の骨」のような考古学の世界を描いたものは興味深いが、純粋に「点と線」「砂の器」「鬼畜」などの社会派推理小説や「昭和史発掘」のような近代史ものも結構すきだ。どちらかというと自分は右翼のほうだと思うので、共産党を応援していた清張さんとは政治的には逆の方向に行っているはずだけど、作品的には司馬遼太郎さんより松本清張さんが好きだ。もちろんどちらかといえばという話で、自分は司馬遼太郎さんの作品も好きで、『飛ぶが如く』『燃えよ剣』『坂の上の雲』『項羽と劉邦』『韃靼疾風録』あたりはお気に入りである。

『神々の乱心』。松本清張さんの未完の遺作だ。週刊誌に連載中なんどか呼んだが、すぐに卑弥呼と台与、あるいは男弟のことをもじったのだろうと感じ、清張さんの古代史趣味が近代史ものに反映したサスペンスかと勝手に興ざめし、その後単行本化されたときも、どうせ完結していないのだからとついぞ読まなかった。

しかし、今度たまたま清張さんのことを書いているという方が、『神々の乱心』の感想を聞いてきた。唐突だったし、自分は読んでいないので、自分は読んでいないということを話したところちょっと残念そうであった。

かつて、私の研究発表を聞いて、何を思ったのか「君の研究は、ガルシア・マルケスの『百年の孤独』だな」と評されて、なるほどと思った。他の人にはボリス・パステルナークの「ドクトル・ジバコ」のようだとも…。(ともにどちらもノーベル文学賞なので、ほめられているのか、あるいは皮肉か…。)文学にうとい私としては、今もってどこが『百年の孤独』なのか『ドクトル・ジバコ』なのかわからない。しかし、その後実際本を読んだり、映画を見てみて得るものは多かったので、こういうときそうした作品はちょっと読んで(あるいは見て)みることにしている。

すると、連載当時はちょっと鼻についた古代史の蘊蓄の部分が、今となっては割合エンターテイメントの効果として有効なことに気がついた。ちょうどシャーロック・ホームズの『バスカービル家の犬』のように。

小説というエンターテイメントとしてまず面白くなければ、駄目なんだ。この点は十分面白い作品である。では、『神々の乱心』の中の清張古代史はどうなのか(続く)。

|

June 07, 2009

白鷹伝

信長、秀吉、家康に仕えた伝説の鷹匠小林家鷹を主人公にした戦国時代小説。

韃靼人の鷹使いメルゲンや名鷹「からくつわ」などが「鷹」が重要な役割を果たしている。どこまでが史実を反映しているのかはよくわからないが、鷹を東北アジア文化の特徴ととらえているのは興味深い。

作者の山本兼一先生は、モンゴルまで鷹狩りの取材にいったそうだ。「白鷹伝」の中に鷹狩りにかんする挿絵がとても参考になる。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

June 05, 2009

女いっぴき猫ふたり

家族にすすめられて伊藤理佐先生のマンガを読んだ。最初は「やっちまったよ一戸建て」。

伊藤理佐という名前は知らなかったが、読んでみると見覚えのある絵だ。伊藤先生は長野県諏訪の出身で現在東京都在住。週刊文春の巻末のひとコマ漫画などを描いている売れっ子のマンガ家だ。

「やっちまたよ一戸建て」はあまりに面白すぎてはまっている。これについてはまた詳しく紹介することもあると思うが、リアルタイムではまっているのが、「女いっぴき猫ふたり」の方である。「やっちまったよ~」の方にも出てくるニャコとクロという猫たちと伊藤先生の何気ない日常が描かれているが、これがなかなかなのである。伊藤先生ちょっとおかしな日本語を使うのだが、言いえて妙である。

猫を飼った人ならわかる猫との不思議な世界が描かれている。たしかに、猫によるんだろうけど、人間の会話の本質を理解しているようなところが猫にはある(偶然とは思うのだけれど)。ただ、言葉はわからなくても、逆にわからないから気配や勘で察するのかもしれない…。

この人は、かなり鋭いことを言っているのだが、自分を卑下して、市井の私たち小市民を応援している漫画だと…私は見た。長野県人(いや信州人か…)の批評家精神が良い方向に発揮されている。この人が東京で成功しているぐらいだからだろう、卑下(あるいは謙遜)していても卑屈(ひがみ)ではない。そういうところが、私は好きだ。なんでもエロ系のマンガで有名らしいが、いしいひさいち先生なみに注目している。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

June 14, 2008

ウィーン愛憎・意地悪は死なず

中島義道先生の名著「ウィーン愛憎」を読む。私は留学経験はなく、長くて3週間、最短だと3日程度の海外旅行を繰り返しているだけだから、外国での意地悪やカルチャーショックはそれほど体験していない。

中島先生、山本夏彦翁と好対照だと思う。山本翁は「フランスと日本は、違うこともあるが、基本的に同じ」と見るのに対し、中島先生は「ウィーンと日本は、共通することもあるが、基本的に異質」というスタンスに立っているように思える。どちらかが正しいのではなく、ものの見方の相違である。

私はどちらかというと山本派である。基本的に日本人と外国人、私と他人同じはずはないのであるが、変なところが共通しているのである。外国でいやだな~と思ったことは実は、あらわれ方は違うが日本でも困ったな~と思っていることが強烈な形で再現されていることがある。

たとえばロシアの給湯室?で女の子がシクシク(こっそり)泣いていた。会議では彼女はポーカーフェイスであったが…。ロシア語はよくわからないが、なんとなくシチュエーションでわかる。ロシアでも職場のいじめがあるんだな。たぶん。(とロシア語の先生も言っていた)

一方、中国ではその職場の官僚的支配者を見出して、その人がOKするといろんな話が驚くように進展する。(これも日本の役所や官僚的大組織ならたいがい同じ。)まだ、中国の国家機関や大学の研究者は権力を持っている人もいるので、よいが、東アジアでは研究者はたいがい「あいつは好きでやっているんだから」ということで、事務職員(つまり金を握っている部局)に頭が上がらない。

挨拶、贈り物などなどそのあげ方が多少違うのであるが、別段日本と本質は変わらない気がする。日本だってここ30年で利益供与の仕方が代わってきただけで、利益供与のなにを利益とするのかが変わっても供与自体はかわならいし、これらかも変わらないだろう。

30年くらい前なら酒を飲ましてもらえば非常にありがたがったはずだが、いまや酒の飲みすぎは健康に悪いから控えたほうがようくらいになっていきている。別段酒を飲むことがステータスでも、ありがたくもないくらい日本の経済が発達しているので、利益供与にならなくなってきている。

たぶん白い巨塔のように、名誉や地位といった少しひねったものに形を変えてきているからややこしいのである。(文化人類学で白い巨塔を題材にこうした論文を書かれている方がいたと思う)財前助教授のように現金ばらまけばよいならある意味気楽だし、私はそんなに財前が悪い奴には思えない。ただ、今日では金をばらまくみたいな利益供与が「文化的に」いけないことになっているからダメなまでだ。便宜を図るとか人を紹介するとかだったか、全然かまわないし、むしろ「美談」である。財前は正直すぎて嫌われるのである。現金にはそういう魔力がある。でも見方によっては現金の方が、潔くてよいという考え方もできるんじゃないか。(公務員としては失格だろうが)

さて、中島先生がウィーンの図書館、大学、家主、日本人学校などでカルチャーショックを受けている。先生も大変だと思うが、こうした役所や支配的な人の高圧的態度は日本でもそういう場にいて、自分がそういう立場であるとそういう仕打ちを受けるようになっている。中島先生は日本では東京大学の大学生であったので、仮に予備校の先生であったにしてもそうした意地悪にそれほど合わなかっただけである。ウィーンの人は東京大学のありがたみがわからないので、ある意味、日本でも名もない一般人であれば、受けるような仕打ちを受けたのである。(大昔の国鉄、諸悪露見以前の社会保険庁、かつての某図書館、大学の研究室などなど)

こうした公的施設を一般人を装って利用すると、徹底的にやられることがある。日頃業界人として利用するのと、一般人として利用するのとではどのくらい差別があるのか、リアルに実感できる。

「相談受けます」というコーナーに相談を受けにいったら、担当者は、本当に露骨に私のリファレンスに嫌な顔をしていた。(退職教員で、専門の司書じゃなかったらしい)しかし、一方で同じ質問を違う公的機関の現地機関に聞いたら、面白がってくれてこちらがびっくりするくらいよくやってくれて、その成果が論文になったくらいだ。しかし、両者に実は本質的な差はないのだと今にして思う。両方とも同じ人間のそれぞれの面だ。

逆にリファレンスだとかそういう言語的な表示を信じすぎてはいけない。博物館や大学だからものをよく知っていると思ったら大違いで、市役所のおよそリファレンスとは関係ない部局にすごい情報があったりする。(ただ、近年の日本の図書館はよくなってきているので、図書館にものを聞くというのはお勧めする)

ただ、日本では同じ意地悪でも外国ほどの不快感がないのは、理由がある。ひとつには、言語やボディーランゲージなどの態度の示し方が違うので、雰囲気を察するのは非常に難しい。たぶん日本国内では言語プラス非言語的情報を合わせてトラブルを無意識のうちに避けるのだと思う。

よいたとえではないかもしれないが、中国で外国人に親しげに話しかけてくる人にあった。こちらの語学力のなさもあってほとんど話がかみ合わないと思っていたら、その人が立ち去った後、ガイドさんが「あの人は、知的障害の人ですから、お気を悪くしないように」と言ってきた。なるほどそうだったのか。日本だとある程度話せば、話している内容以前に、雰囲気(非言語的情報、服装など)からわかるのだが、外国だとこうした文化要素の認識が非常に難しく、単に親しげなのか、ものを売りつけようとしているのかなどがわからない。むやみに言語的情報に頼ることになってしまい、トラブルやカルチャーショックを増大させているような気がする。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

January 27, 2008

侍塚古墳と那須国造碑

 水戸黄門が発掘調査したことでも(実際は助さん格さんが発掘した?)有名な(上)侍塚古墳とすぐ近くにある那須国造碑について、わかりやすくかつ最新の研究成果をまとめた好著である。
 さて、この本は地域の考古学をやる醍醐味をあらためて感じさせてくれる。水戸光圀公がそうであったように侍塚古墳と那須国造碑はどのようにかかわりがあるのか。を答えてくれている。光圀公の時代は侍塚古墳と那須国造碑の時代関係を歴史学的に知る手立てがなく、墓碑を探してその結果を得ようとしたのである。もちろん今日の考古学的成果から見れば、古墳時代の前半と奈良時代直前では約300年から400年のタイムラグがある。では、両者の比較は無意味なのか。
 その答えは本書の中にある。結論からいうと光圀公の視点は間違っていない(もちろん侍塚古墳は那須国造イデの墓ではないが)と真保さんはいう。私も同感である。
 縄文時代や弥生時代は考古学の独壇場で、中世以降はどうしても文献史学中心であるが、この古墳時代から律令期にかけての「古代」の時期を地域という縦糸と考古学と文献史学の横糸で織りなす模様は壮観である。
 私の興味からいえば、とくに新羅系渡来氏族のことが文献と考古資料がマッチしているのが、うらやましい。過日の私のコメントは恥ずかしい限りである。ただ、私は個人的に百済びいきなので、「百済の影響もないのかなあ」とやはり、ふと思うのである。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

September 24, 2007

著者近影

山本夏彦翁は「作品がすべてで、著者自体はゴミ」というような主旨のことを述べられていた。たしかに著者の人となりを知っていると作品鑑賞の妨げになることがある。

その伝でいけば、著者近影というような著者の写真は本来は要らないものなのだろうか…山本翁は本に自分の写真をよく載せていたので、必ずしも著者近影は作品理解の妨げになるわけではないと山本翁は考えていたのだろう。

最近、図書館の利用法について分かりやすく秘伝的なものを解説した本(新書)を購入した。以前、とある大学の図書館の新刊紹介のコーナーにおいてあったのを立ち読みして、どこかで聞いた話が載っているなとは思いながらも時間が無く、書名も失念していた。

ところが、先週駅前の大手書店の新書コーナーで、適当に立ち読みしていたところ、この本を再発見した。「そうそうこの本一度見つけたことがあったもので、面白そうだったのだが、書名を失念していたやつだ」

早速今度は購入した。家でじっくり読む。日ごろヨメさんから言われていることも書いてある。ただ、それにしてもこのデジャブ感はなんだろうか。どうもこの本で断片的に紹介されているエピソードはどこかで誰かから大昔に聞いたことがあるような…

昨日、本屋さんでつけてもらっていたカバーを何の気なしにはずしてみる。裏表紙に著者近影がある。見てびっくり、この人よく見たことがある人だ。知人というまでの方ではないが、何回か大学や駅で学問のススメ方について小言というかお話を聞いたことがある人だった。確かに個性的な方だったので、名前は失礼ながら失念していたが、お顔で思い出した…。

今後、著者のことをいろいろ思い出して、あるいは作品鑑賞の妨げになる可能性もあるが、今のところ作品鑑賞を深める結果となっている。やはり著者近影も大事な情報である。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

March 03, 2006

「室内」休刊

リンク: 「室内」.
 なんとか課題終了…(出来は別)。
 あの「室内」が休刊。夏彦さんがコラムの中で、アサヒグラフ休刊とあったが、雑誌の休刊で再刊されることは、まずない。ただ未練だけだという主旨を述べられていたことがあったので、たぶん再刊されることは「室内」といえども無いのだろう…。
明日買って来るか…。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

March 12, 2005

榎一雄「邪馬台国」

 榎一雄「邪馬台国」至文堂,昭和35年を古書で手に入れた(300円)。魏志倭人伝の邪馬台国位置について伊都国以降は放射状に読むべきだと提唱したことは知っていたが、直接著作を読んだことは無かった。
 今回、この本を読んでみて榎一雄が今読んでいても非常に新鮮で、たしかな古代史研究をしていたことが、分かった。邪馬台国や三角縁神獣鏡の指摘は今も十分通用する。また東洋史学者だけあって中国の史書の文献の説明は非常にわかりやすい。今また再刊されて読まれるべき本の一つだと思った。

| | Comments (0) | TrackBack (0)