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March 23, 2019

『金史』を読む その2 卷一 本紀第一 世紀

【原文】金之先,出靺鞨氏。靺鞨本號勿吉。勿吉,古肅慎地也。元魏時,勿吉有七部:曰粟末部、曰伯咄部、曰安車骨部、曰拂涅部、曰號室部、曰黑水部、曰白山部。隋稱靺鞨,而七部並同。唐初,有黑水靺鞨、粟末靺鞨,其五部無聞。粟末靺鞨始附高麗,姓大氏。李績破高麗,粟末靺鞨保東牟山。後爲渤海,稱王,傳十餘世。有文字、禮樂、官府、制度。有五京、十五府、六十二州。
【仮日本語訳】金の先祖は、靺鞨氏から出ている。靺鞨は本来「勿吉」と号していた。勿吉はいにしえの粛慎の地であった。北魏(拓跋魏)の時代には、勿吉は七部あった。粟末部、伯咄部、安車骨部、拂涅部、號室部、黑水部、白山部という。隋の時代には靺鞨と称し、七部が同じようにあった。唐の初め、黒水靺鞨、粟末靺鞨があったが、そのほかの五部のことは聞かれない。粟末靺鞨ははじめ高麗(高句麗)に従属し、(国の)姓は大氏といった。李績が高麗を破ると、粟末靺鞨は東牟山を保持した。(粟末靺鞨)がのちに渤海となり、王を称し、(その位を)十余世(代)を伝えた。(渤海は)文字、礼楽、官府、制度を有した。五京、十五府、六十二州を有した。
【メモ】渤海に「文字」があったという。わざわざ特筆するのはなぜなのか。粟末靺鞨には文字がなかったが、渤海は使っていたという意味には違いない。さらに一歩進んで渤海に、自分たち独自の文字(体系)があったのかどうかはこの部分だけではわからない。『隋書』俀國「無文字,唯刻木結繩。敬佛法,於百濟求得佛經,始有文字。」「(倭は)もともと文字がなく、ただ木を刻んで縄を結んでいた。仏法を敬い、百済に仏教の経典を求めて、初めて文字を有した。」とある。漢籍電子文献資料庫で「有文字」の類例を見てみると、漢字(漢文)だけでなく、とにかく文字があれば、有文字とする例が多い(天竺など)。『金史』のこの記述だけでは、独自の文字、渤海文字があったとまでは言えないとは思うが、やはり気になる部分ではある。金史の中には、女真文字創設(?)にかかわる記事が散見されるので、まずそこを掘り下げてみるか。

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