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February 19, 2019

學亦人之砥礪也

五月戊寅,天子命王追尊皇祖太尉曰太王,夫人丁氏曰太王后,封王子叡爲武德侯。〈《魏略》曰:以侍中鄭稱爲武德侯傅,令曰:「龍淵、太阿出昆吾之金,和氏之璧由井里之田;礱之以砥礪,錯之以他山,故能致連城之價,爲命世之寶。學亦人之砥礪也。稱篤學大儒,勉以經學輔侯,宜旦夕入侍,曜明其志。」〉

延康元年(西暦220年)5月、天子(魏文帝)が皇祖太尉(曹嵩)を太王、その婦人丁氏を太王后に追尊し、王子叡(のちの魏明帝)を武徳侯に封じた。<『魏略』によると「侍中(文帝の側近)の鄭称を武徳侯の傅(フ:おもりやく)にした。命じて言うには「龍淵、太阿(といった宝剣)はいずれも昆吾(冶金の神様あるいは伝説的な山)の金属から、和氏の璧(かしのへき)は郷里の田から出て、砥礪(といし)で研ぎ、他山(粗悪な石)で磨けば、連城にもあたい(多くの都市の価値、つまり非常に高価)するような、世に有名な宝となる。学問は人間の砥礪である。鄭称は篤学大儒(大学者)であり、勉めて経学をもって武徳侯を輔弼(補佐)し。朝晩側に仕えて、その志(金属を宝剣に、原石を磨いて玉に)を実現にせよ。」

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