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December 2018

December 01, 2018

恵亮 平安仏教の隠れたキーパンソン

知人から平安時代初期の天台教団に大きな足跡を残した信州出身の高僧「恵亮」について聞かれたが、恥ずかしながら知らなかった。

早速、調べてみると恵亮に関する論文があった(原田和彦2008「平安時代初期の天台教団について-恵亮を中心に- 」『論集 東国信濃の古代中世史』岩田書院)。原田論文を手掛かりに、『三代実録』『文徳天皇実録』『類聚三大格』からはじまって、『本朝高僧伝』『叡岳要記』『元亨釈書』さらには『江談抄』『平家物語』の恵亮関係記事を読んでみる。

虚実ないまぜで、わからないことだらけだが、恵亮とほぼ同時代人に円仁がいる。円仁は恵亮と極めて近かったようで、佐伯有清先生の研究によれば、たびたび接触したり書状をやりとりしているらしいので、歴史書や物語以外の記録からも恵亮のことを調べること(多角的な分析)が可能だ。

江戸時代の文献であるが『本朝高僧伝』には恵亮は信州水内縣の人と出てくる。延暦21年(802)あるいは弘仁3年(812)生まれで、貞観2年(860)没。平安時代前期の人である。

恵亮は入唐したことはなく、天台座主になったわけではないが、『平家物語』などによれば、清和天皇の護持僧(ラスプーチンみたいなものか)として、活躍し、とくに清和が皇位を継承できたのは、恵亮の「鑿破脳投炉火」(頭に穴をあけ、脳を炉の火にくべるという)加持祈祷を行ったため(ライバルの惟喬親王に勝てた)とされ、天台教団発展の功績者としてたたえられている。

また、恵亮は、理論的にはじめて「本地垂迹説」(仏教の仏が、日本では神として現れている)を主張したことでも名高い。天台の密教や教学だけでなく修験や山岳密教ともつながりが強かったらしい。

そうしてみると、善光寺や信濃国分寺、はたまた戸隠が天台宗になったのは、前2者については、とくに伝わっておらず(坂井衡平『善光寺史』、小林計一郎『善光寺史研究』)、後者はふつう「学問」行者のためとされるが、恵亮が一枚噛んでいたとみたい。平安時代にこれらの寺院が天台化されたとすれば、恵亮が全くかかわっていなかったとは考えにくい。

恵亮が水内縣(水内郡ではない)の人、つまり善光寺周辺の人、円仁のように在庁官人クラスの豪族の出身者つまり、善光寺や戸隠を実質運営していた階層の出身であったとすれば、比叡山や京都での活動(本地垂迹説や山岳密教との習合)は、ここ長野での文化的背景があったればこそだと思う。

残念ながら、恵亮関係の伝承が地元長野では今のところ全く見つけられていないが、どこかにきっとあるはずだ。以外に、長野市内にあったりして…。

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