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November 04, 2018

『龍飛御天歌』を読む

先週末から風邪気味で具合が悪く、本ぐらいしか読む気にならないので、前から気になっていた『龍飛御天歌』に取り組むこととする。

早速、図書館で借りてこようと思ったが、なんと適当な日本語訳はないらしい、活字本は『朝鮮群書大系』にあるらしいのだが、これまた県内にはないらしい。平凡社の『東洋文庫』にあってもおかしくないのに…。

漢文とハングルが混じった文章なので、どうしたものかと思っていたら、

ただ、今は大変便利な世の中で、
ウィキ文庫には、簡体字バージョンがあり、漢字部分は
https://zh.wikisource.org/wiki/%E9%BE%8D%E9%A3%9B%E5%BE%A1%E5%A4%A9%E6%AD%8C

韓国でも、충북대학교 인문대학 국어국문학과 姜昶錫先生作成の
国語学 資料室にハングル部分も活字化されており、
http://kang.chungbuk.ac.kr/index.php?mid=gugeosa_data&listStyle=list&page=4&document_srl=6214

さらには京都大学電子図書館貴重資料画像では、版本そのものを見ることもできる
https://m.kulib.kyoto-u.ac.jp/webopac/RB00013061

早速、読んだ感想は、すでに先学が指摘されるように歌そのものではありあませんが、
注釈には、殷周にはじまり、漢や唐、宋といった中国の歴史や故事がたくさんでてきます。

モンゴルや契丹に関する記事も多いですね。

でも、何と言っても「女真」「金」に関する記事が圧倒的に多い。それは李成桂の出身が咸鏡道なので、
身近に女真人がたくさんいたらしいことから当然なのでしょうが、彼は、女真だけでなく、倭人からも
「李(諱)万戸」と呼ばれていたとか。つまり「李旦猛安」と呼ばれていたのでしょうか。

また、金室にかかる話題、15歳になった青年アグダ(金太祖)が弓を持っていたので、遼の使節に
鳥を射るように命じられたら、立て続けに三羽に命中させた(こんな話、『金史』にはなかったような…)

鷹を求めるものは、その神業的な俊敏さを身に着けることを願うものという北人(女真人)の言葉を
引用し、李成桂も弓射がうまかったとか。(この「鷹」は「海東青」のことなんでしょうか。海東青は、
女真人の精神的シンボルですよね)

一方で、女真を「野人」と見下してもいますが、同じ野蛮人でも倭人に対してより詳しく知っている感じですね。

倭人については、「倭寇」の記事は多いのだけれども、肝心の倭人についての記述は少ない。
面白かったのは、
〇琉球に使節が行くときに、対馬、壱岐、松浦、薩摩を経て琉球に行く。
〇日本には天皇がいるが、それとは別に、明から国王に封じられたものがいる。
〇いろは47文字を使っている。といったことが書かれていました。
日本の風俗に関する情報は、龍飛御天歌は1447年に完成されたということなので、15世紀の朝鮮朝になってからのものなのでしょうか。

やはり李成桂は女真の子孫なのでしょうか?

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