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September 30, 2018

万葉集は国民の歌集ではない。

地域の集まり(いわゆる住民自治協議会主催の周年行事)で遺跡と歴史の講演があり、久しぶりに面白くてためになる会だったので出席してよかったです。

話の本筋とは関係ないのですが、地域にある万葉歌碑にどの程度歴史的根拠があるかという質問がありました。結論からいうと具体的にどんな人がどこを詠んだかを特定するのは、極めて難しいとは改めて思いました。

万葉集の信濃国歌は8首ある(巻14の東歌に5首、巻20の防人歌に3首)。パット見ると神坂あり、千曲川ありで信濃全土(?)から、それも東歌は詠み人がわからないから、各階層から集められたような感じがする。

しかし、改めて8首を概観すると、現代の俳句コンクールのような、全国各階層からまんべんなく集めたというよりは、信濃全体を装っているが、意外と狭い人間関係の中で集められた(それでも当時の試みとしては、すごいのであるが)ような気がする。

防人歌は、たしかに神坂を越えていく信濃の防人の気持ちが歌われているのだが、なぜかというか当然なのか、小県と埴科出身者に限られている。

東歌はそれこそ信濃の何処とわかるのは埴科の石井だけであるが、それ以外も千曲川中流域、小県から埴科あたりの歌として矛盾がない、中麻奈だけは長野市柳原あたりらしいが…。

つまり、当時の国府(埴科~小県)周辺の詠み人が多かった。それも、当時の高級貴族からみれば、かなり下の階層といっても郡司などの在庁官人で、古墳時代にある程度の古墳を造営していたような階層ではなかろうか。

万葉集の時代に歌壇や俳壇のような民間のサロンがあったとは到底思えない。国衙や郡衙の宴会の際に、在庁官人が地域で詠まれている歌やあるいは自分が詠んだ歌を、信濃国でまとめて、それを万葉集編纂者に報告したといったところだろうか。

同じ万葉集でも、昭和万葉集のような、近代国民の歌集ではない。

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