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October 2017

October 23, 2017

ゴリラのけつ洗い

子どもが、単に「知ーらない」といえばいいところをはやし言葉で「しーらんぺったんゴリラのケツ洗い」という。自分も子どものころ、「しーらんぺ」(「かとちゃんぺ」みたいなもの?)とは、いったものの、「ぺったん…」は聞いたことがなかった。早速、分布を調べてみると、なんと長野市内でも犀川より北では言わないらしい。一方、篠ノ井やさらに千曲川を渡って屋代では「しーらんぺったんキュウリ」という人もいるらしい(管理人調べなので、違っていたらすみません)。

他にも、「天の神様のいうとおり、鉄砲撃ってバンバンバン、るるるのる」なんていうのも、聞いたことがなかった。嫁(犀川より北出身)によれば。「天の神様の言う通り、るるるのる」らしい。管理人の生まれ故郷では「天の神様のいうとおり、あのねのね」だった。

「あのねのね」は標準語じゃないのか?清水国明さんたちは、どこからグループ名を持ってきたのだろうか…。

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October 20, 2017

自分の力を推し量る法

現実に、自分の実力を客観的に(他人の目で)見つめることはなかなか難しいが、
ロシア語の恩師が、相手の語学力を大体推し量る簡単な方法があることを教えてくれた。
①相手の方が上手
②大体同じくらい
③かなり自分の方が上手
の3つの状況があった場合(そのように感じた場合)
実際には
①はるかに相手の方が上、
②かなり相手が上
③大体同レベル
だそうである。
これは、どうしても自分の実力を課題評価してしまう傾向にあるらしい。
つまり、自分ではかなり良くできていると思っても、実際はそれほどでも
ないという戒めである。

先生はあくまで「ロシア語」の場合と断っていたが、たぶん大抵のことに
あてはまるような気がする。


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October 11, 2017

或重於太山、或軽於鴻毛

或重於太山、或軽於鴻毛。司馬遷が任安に奉ずる書で、述べた言葉。人の命は、泰山より重いこともあれば、羽毛より軽いこともある。人の発言もしかり。羽毛より軽い発言を久しぶりに聞き、思わず、イラッとして、この言葉が浮かびました。こんな軽い言葉だらけで、翻弄させて、つくづくいやな人の世界💢😠💢

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トクサ技法?

玦(ケツ)状耳飾、C字形をしたリング(slit ring)は、今から約7,500年前に日本列島に出現した。九州ではアカホヤ火山灰の下層から出土しているというからこれが同じ系統のものなら、さらにさかのぼることになるが、今一実態がわからない。

さて、現在、耳飾りではないという説もあって、玦飾(けつかざり)なる用語も使われているが、もともとC字形のリングをケツに似ているとしたのが、あまりよくない考古学用語命名法なのだが、一旦、人口に膾炙した用語を直すのは容易ではない。玦飾と聞いてすぐなんのことかわかり人もあまりいないだろう。石環の方がまだ、よかったかもしれない。

ここでは、従来言われているようにケツ状耳飾りで通すが、これの作り方がここ数年だいぶわかってきた(というか研究は古くからあったのだが、自分で検証するまでに至らなかった)。

糸で石を切る糸切技法、糸を弓状の工具で張って石を切断する弓切技法、縄文時代の石器製作ではおなじみの擦切技法などが用いられている。

中でもスリット(切れ目)を入れる技術ではなくて、ちょうどサンドペーパーで粗削りするように、縄文時代の玉製品の加工に「トクサ」がサンドペーパーのように用いられていることが、堀江武史さんの研究で分かっている。

昨年、北海道からトクサを送ってもらって我が家の庭に植えて、育てたトクサで滑石を削って(こすって)みて、ちょっとした実験考古学をやってみた。うちの子どもも手伝ってくれて、トクサとスギナが仲間だとかなんとか、違う方に脱線しつつも、興味を持ってくれた。

たぶん、縄文時代は非常にありふれていたと思われる野生のトクサが今、長野県では、簡単にとってこれなくなっている。あることはあるが、国立公園などの中にしか生えていなくて、絶滅危惧種になりそうな勢いらしい。ところが、最近、近くのホームセンターで見つけた。トクサを庭に植える人がいるらしい。うちもやってみるか!

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October 09, 2017

検閲と事前抑制の禁止

検閲については、日本国憲法に禁止が明記されているのだから、非常に重い意味を持っている。
【日本国憲法第21条】
[1]集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
[2]検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

ただし、これは検閲をする主体が行政(国など)が想定されている。検閲を強制できるような主体は、行政ぐらいしかないだろうということなのか。また、司法(裁判所)が事前に出版を差し止める場合も、司法は行政ではないので、これに該当しないとされているらしい。

では、行政以外だったら、つまり、政治家などが自分に気に食わないことを書かれるのを、差し止めることが可能かというと、こちらは検閲ではないが、事前抑制の禁止にあたるらしい。この事前抑制は、場合によっては認められるということだが、最高裁の判例(昭和61年6月11日)によれば、「事前抑制は原則として許されないが、表現内容が真実でなく、またそれが専ら公益を図るものでないことが明らかであって、かつ、被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被るおそれがあるときは、例外的に事前差止が許される」とある。

だから、未熟な著者が、組織にダメージを与える可能性があるから、事前に上司に原稿を見せろというレベルは、もってのほかである。

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October 08, 2017

松代では真田家は進駐軍?

生まれて初めて今日、松代藩(藩ですぞ)真田十万石まつりを見学しました。

加藤長野市長をはじめ、真田家14代当主真田幸俊氏の歴代藩主役、お姫様から佐久間象山(松代では「しょうざん」じゃなくて「ぞうざん」)まで、ちょっとした時代祭りですね( ´艸`)。

松代だけでなく、上田からも甲冑隊が来てそれなりに盛り上がっていましたが、それにしても、現真田家当主が来ても、長野市長が余裕のよっちゃんだったのは、ここ松代の人はやはり「真田家」には微妙な感じがあるような気がしました。

旧松代藩士の人はいざ知らず、そうではない人たちは、真田さんが来る前の松代という話をよくされます。今年の春、縁あって自分の畑から「和同開珎」が出土したという松代の農家の方を取材させてそういうお話をお聞きしました。改めてそういう話を聞くと、上田じゃ、真田の傍陽あたりの国人が上田に進軍してきて、「郷土」のもとになった近世上田を発展させたというなんとなく身内意識があるような気がしますが、ここ松代では、松代の基礎を作ったのはある意味、真田家なんですが、ここでは幕藩体制の中で、国替えで来た、つまり進駐軍なんですね。お隣のような気もしますが…。

もし、仮に真田家が上田のままで幕末を迎え、今の当主(それも昌幸、信之、信繁の子孫で)が上田にお国入りしたら、上田市長は余裕のよっちゃんじゃないような気もする。なにかあれば、担ぎ出そうとする人ぐらい出そうな気もします。松代の場合、「との~」という声もかかっていたが、現当主幸俊さんが人柄的にかなりよさそうな人に見えましたが、ぜひ、長野市長にということにはならないと思う(現長野市域イコール松代藩領ではないというのもあると思うが…)。

そうしてみると、徳川幕府の国替えというのは、藩というのは、あくまで天下からの預かり物で、神話の時代につながる天から与えられた約束の地ではないことをはっきり支配層にも被支配層にも意識させる出来事だったんだと思う。

井伊家が井伊谷で再興されないで、彦根に行ったのも、古代以来の神話を断ち切るための、幕府の深謀遠慮というかその時代の意識だったんだろう。(なんか司馬遼太郎みたい。o(*^▽^*)o

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October 05, 2017

縄文人はなぜ死者を穴に埋めたのか

北海道の大島直行さんのご労作「縄文人はなぜ死者を穴に埋めたのか

地面に掘られた穴=人間が生まれてきた穴(子宮)ということらしい…。

大島先生の説はさておき、私の妄想は以下のとおり。

私は、地下は他界だからだと何となく思っています…。

縄文人は、自分たちのトーテムをヘビやカエルだと思っていた。古代や中世にも諏訪信仰にかかる甲賀三郎が地底の竜だったりするのは、人は他界へ行くと(つまり死ぬと)ヘビになるという信仰が残っていたんでしょうね。一方、弥生時代以降のトーテムはずばり「トリ」なんではないでしょうか。死ぬと鳥になる。ヤマトタケルはハクチョウに、仁徳天皇はもともとササギ(ウグイス)だったが、死後はモズになったのか…(ここらへんかなり適当)。

キリスト教ほどではないけれど、仏教が入ってきて、こういう素朴なアニミズムみたいなものは、伝説になっていったのかと思います。

ちなみに、今日、我が家のガラスにハトが激突して亡くなったということがありました。早速子どもがお墓を作って埋めたのですが、開口一番、「なんで動物の遺骸を埋めるのか」。川に流したり、ごみに捨てたりはしないのは、やはり、ハトの気持ちになったのではなく、私自身がそうされたくないからなんでしょうね。合掌。

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歴史知と学問論

縁あって、最近、石塚正英先生の学問的成果の一端を知ることができた。

いろいろ自分の身の回りの学問的課題(負債とも言います)が少しは片付いたので、久しぶりにじっくり取り組めそうです。

中でも、「歴史知と学問論」という本を入手できたが、長年なんとなく思っていたことが、氷解していくような内容だった。先生は西洋の歴史哲学の研究を基礎としながら、歴史知や文化史にアプローチされている。

先生の姿勢に共感するのは、身近なところで実践を繰り返し、自分の理論を精緻にしていく部分である。

これは、地域にも分け入っていかねば、なかなか成果は上がらない。

一方で、いわゆるお国自慢的な郷土史研究にとどまらない。日本列島周辺や世界に視野が開かれている。こちらも自分が目指しているところと一致する。

考古学にも先生は関心が深いようである。経験に基づく知識や借り物の理論ではなく、地に足がついた歴史哲学を知りたい考古学者には、一読をおすすめしたい。

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October 01, 2017

儒教道徳の説明の難しさ

儒教道徳の中で、家族倫理は非常に説明が難しい。それは、私たち日本人の生活の中に、本当の意味で根付いたいないからのようである。

韓国のご家庭にホームスティさせていただいたときに驚いたのは、いわゆるファミリーツリー(家系図みたいなもの、自分があって、お父さん、お母さん、その兄弟、祖父母、祖先など)の名称がハングルで書くようになっているものを見せてもらった。

幼稚園児がすでにお父さんと兄弟姉妹とお母さんの兄弟姉妹、父系のいとこ、母系のいとこなどなどを明確に区別している(おぼえこんでいて間違えることはない)。同じおばさんでもイモ(姨母:母の姉妹)とコモ(姑母:父の姉妹)がある。日本では全部「おばさん」だ。おじさんも同様な区別がある。また、それぞれ世代の中の順番もあるのだが、非常に複雑(でも韓国人にとっては常識というか当たり前すぎて、それがない日本は不思議な感じらしい…)。

ここらへん町の「おばさん」(アジュマ)も親戚の「おばさん」も全部同じというのは、中国、韓国からみると異様なんじゃないか。

こういうのはインドネシアやマレーシアあたりに近いような気がするがいかがでしょうか。(山本七平「私の中の日本軍」)

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嫂婚制の常識・非常識

歌舞伎役者の市川海老蔵さんとなくなった奥さんのお姉さん(義姉)の小林麻耶さんの「再婚」の可能性についていろいろな推測がある。正直いって、芸能人の方が誰と結婚しようと私は、まったく関心がないが、このことについてレビレト婚(もらい婚・逆縁婚)との関連を触れている記事を見つけて(厳密にいうと家内が見つけて)びっくり!

市川海老蔵と小林麻耶で噂される再婚は大河ドラマにも出てくる風習だった!?

記事の中で、歴史に詳しいライターが「配偶者を亡くした亡夫や亡妻が、相手方の兄弟姉妹と再婚することは『もらい婚』と呼ばれ、かつては庶民や武家社会で普通に行われていました。」と述べている。「普通に」というのはどうなんでしょうか。そこらへん知りたいです。

私や私の親戚には、こうした話はよく聞くので、たしかに地域と時代によっては、珍しい話ではないのですが、一方、儒教道徳が普及していた地域(中国・韓国)では、とんでもない話(つまり不道徳なこと)なんです。

儒教道徳から言えば、奥さんの姉妹は義理の姉妹になるから、いくら血縁か否かにかかわらず、近親相姦になる。

ただ、このライターが書いているように、儒教が統治理念として採用された近世でも、もらい婚は行われていたことも確かだし、「普通だ」少なくとも「不倫である」とは考えない人が一定程度、わが国にはいることが確かなのである。

私は、これは江守五夫先生の説にならって東北アジア文化の影響だとみているが、石川県、富山県、新潟県あたりでそういった事例を調査したのがあれば助かるんですが…。ちなみに長野県は、関東地方とならんで結構ありますが、なかなか分布地図を作れるほどではない。なんとか分布図を作りたいのですが、だれかいい知恵ないでしょうか…。

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