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October 2010

October 08, 2010

騎馬民族征服王朝説の根本的問題

騎馬民族征服王朝説を考古学的に見たときの根本的問題は、一つはいかに歴史的に大事件といっても、考古学では検証しにくいことは多い。たとえば関ヶ原の戦いはその後の日本の行方を左右したが、これ自体を考古学的に証明?するのは難しい。

今一つは、北東アジアの文化的影響は旧石器時代や縄文時代以来連綿とあるわけで、ある特定の時期それもある特定の政治的な事件、日本列島の征服ということで説明できるかというと、仮にそうしたことがあったとしても、おそらくそれだけではないと思われることまで、すべて騎馬民族が日本に侵入して王朝を建設したということに付会しがちだということである。

北東アジア文化の影響は、古墳時代にもあった。さらにそれは人間集団の移動を伴うものであったことまでは、考古学的に検証することはよいが、それがいかなる政治的背景があったかは、考古学だけの研究では難しいのである。ではどうしたらよいか。

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October 07, 2010

難題「弥生文化」

弥生文化は苦手である。と思ったらそういう人は結構いるらしいので少し安心。逆にその分縄文や古墳が分かっているのかというと決してそうではないが…。

とにかく今言えそうなことは、弥生時代や文化というのは、主に水田稲作農耕に伴う文化という近代日本考古学の定義によるものであって、他のくくりや定義をすれば違う時代や文化の設定はできはしないかということだ。

弥生土器の様式は確かに前期から後期まで、縄文土器研究者からみると一貫性がある(とくにセット関係)。しかし、一方で、前半は石器時代で後半は青銅器・鉄器時代である。

水田稲作は私の見るところではアジアの中ではどちらかというと南方起源に思えるが、弥生文化の精華とでもいうべき青銅器や勾玉、さらにそれに伴う祭祀は北方的である。

縄文時代や文化もアジアの南北の文化が錯綜しているが、文字通り錯綜していそうで、そのことを持って縄文時代や文化を二分することは難しそうだが、弥生時代や文化は転機があるような気がする。とくに長野県域を含む東日本では、はっきり見えてきそうな気がするがどうだろうか…。

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October 06, 2010

一流の条件

過日、私の専門外ではあるが、一流の研究者の人とお話する機会があった。古代史、民俗学といった人文系の学問ならある程度どんな先生が一流かなんとなく知っているのだが、物理学などとなると学問の内容自体がまったくわからないが、お話してみると、さすが本物は違うというか、いろいろ質問してくださるのだが、それにためらいがない。自分がどう思われるかではなく、自分が何を知りたいかにかかっている。とにかく率直である。逆にこちらの質問にもどんどん答えてくださる。

なんでも子どもの頃は、野山を駆け巡っていて、古墳の石棺の上にもよじ登ったりされていたそうだ。塾や予備校とは無縁ながらも、その分野では知られた大学をご卒業されて、今も現役バリバリで世界を駆け巡っておられるようだ。

不思議なものだけれど、こういう会話が成り立つことは最近あまりなかったので、本当に有意義であった。自然体で、日本人の他分野の研究者と知り合いになれたのは本当に良かった(と思っているのはこちらだけだったりして…)。

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October 04, 2010

考古学と言語学

長田夏樹先生の本「邪馬台国の言語-弥生語の復元-」が学生社から出ていて、旅先(春日井)で衝動買い。長田先生はヨメが翻訳している女真文化研究の本でおなじみの高名なモンゴル語や満洲語(アルタイ語?)研究者である。出版のいきさつは本のあとがきにも娘さんが詳しく書かれているが、まさに長田先生が死の間際にまとめたもの。弥生語の復元と言っているが、古代日本語や言語学の方法論がわかりやすく書かれている。語学マニアにはおすすめ(考古学者に読めといっても読まないだろう)。

長田先生は長野県の出身だったのか…。インターネットの記事を見て知る。ご健在のうちに謦咳に接したが、縁無く残念である。

邪馬台国やいわゆる「魏志倭人伝」に見られる地名や人名は、九州の方言の特徴が見られるとする。あと、私にとって無視できないのは、長田先生に限らないが、言語学者による弥生時代の後半にはすでにアルタイ語(というものが成立するとすれば)の影響が無視できないという説である。古墳時代に到来したいわゆる「遊牧騎馬集団」が日本列島に到来する前に、北東アジアの文化的要素が色濃く見られるということである。

倭人の文化に北東アジアの影響がどの段階ではいってきたのか。弥生時代の頭からなのか、途中なのか。このことはまたじっくり考える必要がある(今の言語学ではわからない)。

さて、言語学は人文系の学問といっても、歴史学徒にはとっつきにくいためか、日本の考古学者には、はったりの学問と見る向きもあるようだ。しかし、私はちゃんとした学問であると思っている。すぐれた言語学者の業績には注目すべきである。もちろんその学問自体の方法論的な制限があって、言語学だけですべて過去の民族や集団の歴史がわかるわけではない(そのためだけに発達した学問でもない)。

しかし、私が言語学に注目するのは、言語学は過去の人類が無意識に残したいろいろな言語学的な資料からいろいろな歴史的情報が引き出せるのである。おそらくそうした資料を残した本人たちが夢にも思わない。このことが極めて重要なのだ。

文献史料はどうしても、その人間や集団が恣意的に行ったものに惑わされる可能性がある。権力を正統化するというような大げさなものばかりでもなくて、人は本質的に本当のことはかけない。山本夏彦翁曰く「人皆飾って言う」これを「ウソ」だと特筆するのはたやすいが、人間の性質なんだからしょうがない。その性質を知った上で研究するしかない。そのために言語学やそして考古学は重要な学問なんだと思う。

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