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August 2008

August 26, 2008

土壙(どこう)

私のホームページを見て、メールをくださった方がいる。

今年の現場は「土壙」と思われる遺構が多数確認され
調査も順調に進んでおりますが…
永きに亘る眠りを妨げ、土に還った魂を堀おこす事に対して
申し訳ない様な気持ちになります。

考古学的には“愚問”と思われるかもしれませんが
「土壙」を発掘する際に、これは“行うべし”事などありましたら
教えて頂きたいと思います。

北海道のSさんという方である。

さて、どう答えたものか、土壙は厳密には墓穴の意味で、墓穴を掘る時に注意することなのかもしれないが、慎重に発掘するじゃ答えにならないし、土坑(竪穴)を掘るという風に少しアレンジして答えることとする。

それにしても、発掘現場にすでに10年以上もたずさわっているというなかなかのベテランのようで、どうしたものか。最近は自分で発掘することはあまりないし…。でも、ホームページを見てメールをくださったなんて、うーん何年ぶりなんでしょうか。

月並みに土層をしっかり観察すること。とくに垂直方向だけでなく水平方向もよく見たほうがよい。また写真撮影を考えて断面を設定したらよいなど…(本当に月並み)

あと、参考になるかどうか。土坑を上手に掘る補助員さんは実に道具にこだわっている。竹べらに始まって、移植ごてや中華お玉、アルミお玉、さまざまな園芸用具を揃えて、それも自分に使いやすいように柄を切断するなどの改造を施している。

さらにうまく発掘すると、長野県はローム層に掘りこんでいるせいなのか、土坑を掘った道具の痕跡まで観察できるということを答えておきました。さて、納得されたかどうか。

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August 18, 2008

チェブラーシカ

いい年したオヤジがキャラクターものなんていうのはどーかしているような気もするが、気になるものは仕方がない。

今注目しているのが「チェブラーシカ」である。最初に発見したのは、またしてもヨメさんなんだが、なんとも旧ソ連の少し物悲しく、社会風刺のある作品の味わいが感じられ、9月には長野でもやるらしいから見に行こうということになっている。

インターネットなどであらすじを調べると、南国からロシアに来たチェブラーシカ(クマのようなサルのようなかわいい謎の生物という設定。以下チェブと略する。)を八百屋のオヤジがオレンジの箱に入っているところを発見する。八百屋のオヤジも困ってしまい、動物園に連れて行く。ところが動物園では分類不能ということで入園を断られる。

途方に暮れるチェブ、しかしなんとか店番?になって、夜は電話ボックスで寝泊まりすることに。ところで動物園に勤務?している一人暮らしのワニが友達募集のチラシをだしている。これをみたチェブがワニと友達になって…。
というあらすじを書くとなんともどこがおもしろいのかと思うような話ではあるが。

ジブリがこの映画の日本での配給権を持っているらしく、その画像を見てみると、ワニが動物園に勤務しているという部分になんとなく覚えがある。子供のころなにかで見たのか?

チェブについては、映画のあらすじとは別に、最初吉本興業に勤めていた女性が見出して、日本に紹介したらしい。だとすると私が子どものころ見るはずもないか。ただ、ソビエト映画の紹介かなにかでワンシーンを見たのかも知れないが、今となっては調べようもない。ただ、初めてみたはずなのになんとも懐かしい感じがする。

ところで、映画自体も興味深いのであるが、チェブを日本に紹介した女性のストーリーも劇的だ。その女性は会社の許可が得られず、自主退社して、退職金まで投入し、会社を設立し、チェブを日本で上映できるまでがんばる。

ところが、日本である程度の人気が出てきた頃にロシアで裁判を起こされ、日本での権利を失ってしまう。それを結局ジブリやテレ東が買い取ったらしい。

その女性は安易なチェブのおもちゃ化やキャラクター化は嫌がっていたらしいから、ジブリやテレビが絡んだほうが、おもちゃ業界や出版業界はやりやすいかったのだろうから、ビジネス的にはこれでよかったと思うオトナは多いんだろうと思うが、なんともその女性のことを思うとやり切れない。

あらためて自分が生きている世界では金がからまないから、著作権の問題も比較的楽に解決できるから気楽だ。

ところで、チェブカフェというのがあるらしい。チェブラーシカの世界に浸れるのか?すると河童のクゥカフェみたいのを、誰かやってくれませんかね。

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August 14, 2008

河童クゥと夏休みを…

中国での河童のクゥについて調べてみたがどーも韓国でも紹介されたらしい。

さっそくNAVERで見てみるとありました。
갓파 쿠와 여름방학을 (河童のクゥと夏休み: Summer Days With Coo, 2007)

英語の「クゥとの夏の日々」や韓国語の「河童のクゥと夏休みを」もそれぞれ味があっていい題名かもしれない。
当初「河童おおさわぎ」が日本の題名と予定されていたというからだいぶ洗練されてきたような。

ブログでも詳しく紹介されている。
Shinsee's Salon
G A E N G G U N...
興味がある人はNAVERなどで調べるとたくさん出てくるので見てみてください。

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August 11, 2008

河童之夏

百度や捜狐で日本の「ドラえもん」や「クレヨンしんちゃん」が中国語に吹き替えたのをみる。これも中国語の先生に教えてもらった勉強法?だ。

ノビ太が野比大雄、しずかちゃんが静香などなるほどな。(結局余計なところを見ていて本当に中国語の勉強になっているかは不明)

そうした中、なんと河童のクゥが中国で紹介されているのは、おどろき。日本のアニメの力はすごいな。
河童之夏(Kabba no kwu to natsuyasumi) - 搜狐影视库
河童之夏Kabba no kwu to natsuyasumi(2007)
《河童之夏》:戀戀舊世界_網易娛樂
河童之夏 合集豆单--视频-在线观看-土豆网
←これなんか映画のかなりの部分が見られる。中国語の吹き替えはなるほどな~って感じがする。家に日本語のDVDがあるからすぐ調べられる。(そもそも子供がわかるような映画なので、セリフはそんなに難しくない)

クゥは小咕(文字化けするといけないので、口+古)、犬のオッサンはなんと奥桑だったりするが、あとはだいたい漢字が一緒。

跟河童小酷的暑假时光という題に訳されていることもあるので、こちらはクゥは小酷ということになる。日本語だとムゴイという読みがあるが、酷はかっこいい(coolの当て字?)という意味もあるらしいから、悪い意味じゃない。

他にもこの映画を見た人の感想などもあるが、割合的確なのには驚いた。中国の日本アニメファンが見ているせいもあるのだろうけれど、比較的好意的である。中国本土だけでなく、台湾でもそれなりに知られているようだ。(あっちで上映しているのか。それともレンタルビデオ・DVDでやっているのか?)

芥川の河童や柳田國男の著作を紹介している人もいる。フランス語や韓国語の字幕が付いているものもあるらしい。私はフランス語は全くできないので、問題外だが、韓国語は見てみたい気もする。

いかにも日本的な題材で外国では難しいと思ったが、そうでもないんだな~。原監督よかったですね。

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August 09, 2008

K先生

いよいよ北京オリンピック。私は少しへそ曲がりなので、オリンピックも高校野球も飽きてきているので、あまり見ないだろう。(と言いながらナデシコJAPANの対NZ戦はちょっと見た。)当然のことながら各雑誌も中国特集が多い。一時ほどではないが中国に冷ややかなものが多い。

アエラの最新号(8月)に私の中国語の恩師K先生が出ていた。中国語の恩師といっても、大学の第二外国語ではない。なんと某大学の社会人向け「楽しい中国語」の講師だったのだ!

当時私たちはK先生がどういう先生か全く知らず、とくにアカデミズムの業績は全く知らないので、いろんなことがあった。基本的に中国語を楽しく(つまりテキトーに)勉強しようとする人たちの(それも多くは年配者)中でK先生は孤軍奮闘されていた。私は初めての中国訪問のため、急きょ特訓する必要もあり、週3回先生の授業を受けた上に、先生は単身赴任だったので家や研究室に遊びに行っていた。

さてその中国語の会、はっきり言って、最初いろんなトラブルがあった。基本的に親中国的な人が多い会のはずなのに、日本の生徒の意見には「日本人は、軍国主義の政府に騙されていて中国を侵略した。」というステレオタイプの発言があった。公式には中国共産党もこういう意見らしい(日本人民に罪はない。日本軍国主義が悪い)

今考えれば言わせておいて聞き流せばよかったかもしれない。しかし、へそ曲がりの私とTさんが反論した。「もちろんそういう面もあったことは否めないが、日本国民にもどこかに中国人は劣った民族とみなして、彼らを蔑視して中国でうまくやってやろうという気持ちがあったのではなかったか。」と指摘したところ、受講生のほぼ全体を敵に回してしまった。「君のような若い人は、戦前の特高とかの怖さを知らないんだ」とかなんとか。さらに、まずいことにK先生は私たちの味方をしたので、ますます気まずい会になってしまった。

そのほか、文法や例文を真面目にしっかりやろうとするK先生に対して、「我々は楽しく中国語を勉強できればよいので、文法は全く必要ない」などと受講生が主張するので、K先生は絶句されて、授業が中断したこともあった。(文法が必要がない外国語学習なんてあるのか…)

こうして、当初会の雰囲気はお世辞にも良いものではなかったが、むしろこういう各人のある意味率直な発言はよかったかもしれない。きれいごとの日中友好ムードではなかったので、ある意味本音が出た。暴言?かと思うような発言を吐いた人もそれでどうしようない反動勢力かというとそうじゃない。心やさしい長野県人でもあるのだ。先生や奥様を囲んだ餃子つくりの会とても盛り上がった。先生は先生で日本人どうしが仲良くなるようにと、心をくだいてくださったのだ。

こうした会を受け持ったからこそ、先生は日本一般国民の実態をよく見て、感じることができたと思う。都会のアカデミズムの中ではこういう体験はできなかっただろう。K先生も長野のことは忘れませんとおっしゃっていた。(たぶんそれが証拠に先生の略歴に東大や愛知大学とともに某大学客員教授のこともいつも触れてある。)

なんと中国のテレビにもK先生は出ていて、またまた見てびっくり。すっかりソフィストケイトされて、いかにも大学の優秀な先生って感じだ。こんな偉い人に私たちは文句を言ったりギョーザの作り方を教えてもらったりしていたんだから、なんと幸せなことか。

ただ、こういうのは巡り合いなんだろうな。今の中国語の先生も、知り合いが急きょ探して来てくれたものだ。知り合いの人もそんなに詳しく知っていたわけではないらしい(苦し紛れ?)。でも、相性がよいのか、私が今まで習ってきた先生の中で一番教えるのが上手かもしれない。(それに美人だし。チャングムのイヨンエみたいですよ)

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August 05, 2008

黒田先生の味方です…

先週の中国語の宿題(作業?)は私の趣味だった。あまりに時間がなかったので、食堂で必殺シャープの電子辞書を駆使して、「我的愛好」是三国演義なんていうのをB51枚程度書き上げた。来週添削が返ってくるのが恐ろしい。ヨメは古代の遺跡探訪みたいなことを書いていてうまくまとめていた。

だが、考えてみれば、私の趣味は三国志なんていうのも恰好がいいが、それほど今ははまっているわけではない。かつては、作文にも書いたが、岩波文庫の小川環樹先生ほか訳の三国志にはじまって、吉川英治、柴田練三郎、陳舜臣、立間祥介はては横山光輝のマンガ三国志(これは吉川英治本の漫画化だったと思う)などと通読し、山本翁の本以前はドカベン(水島先生)か上記の三国志のどれかを便所で読むというのが定番だった。

しかし、今はもっぱら山本夏彦翁以外の本は読まない(長編は長くてめんどくさいというのもある)。だから今の趣味はと聞かれれば、山本翁の本とでも書けばよかったかとも後悔する。しかし、日本の魯迅先生とでもいえそうな山本翁好きなひとは好きだが、尋常な人は腹を立てる人も多いので、中国語の宿題にはやっぱり適していなかったとも思う。

だとすると私の趣味ってなにか。それはたぶんちっとも上達しない外国語学習のようである。物心ついたころから続けているものと言えば、巨人ファンを除けば、歴史と考古学であるが、これらは趣味というよりはどちらかというと仕事の延長という感じがどうしてもしてしまう。論文執筆が趣味なんて書きたいが、いろんな意味で差しさわりがありそうだ(学術論文を馬鹿にするのかと勘繰られそうだ)。まあそんなことを気にするようではいけないけど。

その点外国語学習は、考えてみれば歴史だけは古い。小学校二年生の時おたふく風邪かなにかで、学校を休んでいた時に婦人手帳というNHKの教養番組に藤堂明保先生が漢字の起源を話されていた。非常に面白くて、おたふく風邪はすっかり治っていたのだけれど、番組をすべて見たくて、何日か学校をずる休みをした。その後徳間ブックスから出ていた藤堂先生の「漢字の起源」という本を親にせがんで買ってもらい、夏休みの自由研究にしたくらいだ。このとき藤堂先生は漢字は中国語を表記するために発達した文字ですから、発音が重要ですとおっしゃられていた。それも古代中国語の音が反映している日本の漢字音だけでなく、現代中国語の勉強も漢字を勉強する上では欠かせないと。

さっそく熱中しやすい私としては、NHKのラジオ・テレビ中国語講座にはまったものだ。「我愛北京天安門」なんかこのころ覚えた。BCLだってこの外国語学習(というか探検に近いか)の延長の部分が大きいかもしれない。北京放送も熱中してきいた。

とにかく知りたいという情熱はいろんな障害を突破するんですね。中国語にはまるとともに当時はだれも教えてくれなかった韓国語が、実際のBCLでは耳障りなぐらい入ってくる。はじめはまったく意味不明、そしてどうやって調べていいかわからなかったが、海外放送の場合IS(インターバルシグナル)やIDといって放送局を特定するための手がかりが当時、バカ売れしていたBCL入門なんていう本に詳しく書いてあった。それを熟読しているうちに、中国語は××広播電台(××には地名がはいる)、韓国語は××パンソン(放送)ということがわかり、とくに韓国語の漢字音が日本語の漢字音に近いだけでなく、熟語が日本語と共通していることも分かってきた。

中国語ではプレジデントは総統だけれども、韓国語はテドンリョン(大統領)で日本と同じであるという具合に。今度はにわか韓国語ブーム。当時は公に韓国語の単語や挨拶を知っているというのは言いにくい雰囲気だったが、それが子どもの好奇心と優越感(おれは人の知らない秘密の言語を知っているという)から余計、BCL仲間とはまっていった。アンニョンハセヨとかカムサムニダとか××ラゴ ハムニダ(××と申します)みたいのは、ちょうど赤穂浪士の合言葉みたいに学校の廊下で話していた。

とくにそのころ日本では独裁者として進歩的新聞からぼろくそ言われていた朴正煕大統領をパクチョンヒと読むなんて、KBSで発見し、BCL仲間で盛り上がったものだ。当時の日本の新聞はボクセイキというように日本の漢字音読みだし、北朝鮮の放送もなぜか日本の漢字音読みだったから、ラジオ韓国の放送から聞き取るしかなかった。とくに、最初最後のヒの音が聞き取れずパクチョン大統領と弟と朴大統領のことを呼んでいたが、どうも違うらしいことに気が付き、録音テープを何度も聞き返してヒとかすかに言っていることを、発見?してKBSに質問して確認してもらったなんてこともあった。(これ学校の勉強としてやらされていたら絶対やらないと思う)

21世紀入ってから絶対勉強しないだろうと心に誓っていたロシア語すら勉強するはめになるんだから、わからないものである。たぶんヨメさんほどではないが、外国語学習が好きなんだなあ。それもちっともうまくならないことが、あまり苦にならない(何年勉強されていますかと聞かれるときのみちょっといやーな気がすることもあるが)。

だから最近ヨメさんがはまっている黒田龍之助先生の本は、なるほどとうなづける点が多い。黒田先生に励まされているような気さえしてくる。

ただ、黒田先生、どうも自分は世の中からずれていて、自分と意見が違う人ばっかりということが多くて、反論をあらかじめ封じながらエッセイを書かれているような気がする。しかし、これって学者の悪い癖らしい。私も世の反論を予想しながら文章を書くことが多いが、人から注意されるこれが多い。「世の中敵だらけじゃありませんよ。味方だっているんですから。もっと素直に言ってください。」たしかにそうである。少なくとも私は黒田先生の味方ですから。(世の流れにさおさしているところが、山本翁同様、黒田先生の本の面白さかもしれないが)

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August 02, 2008

金史と聖書

 諸事情があって?ずっともう4年になるか、金史を読んでいる。最初は漢文が読めないのに中国史を調べたいという無謀な人の依頼で見ていたのだが、最近はなるほど金史自体が結構面白いのだ。実は、二十四史の中のどんな史書でも通読ということをしたことがなかったので、今回通読してみて、これらの本は通読を期待して書かれていることに改めて気がついた。最初から読んでいき、年代やいろんなことが頭に入ってきて、最後伝記が面白くなるようになっている。もちろんいきつ戻りつするのが、普通だとは思うが。

 それに他の史書を通読していないので、比較できないが、二十四史の中で金史は史料はあるいは元に滅ぼされて散逸したりということがあったかもしれないが、内容自体はよく出来ているのではないか。これまた通読してはいないのだが、どうも同じ元が編纂した遼史が今一なんだなあ…。(個人的には本来女真より契丹のファンだったはずなんだが…)

 また金史に関連して、大金国志や三朝北盟会編なんて本がまたまた金史のないところを補って、いろんな話を載せていて楽しい。

 正史にはないのだが、海陵王が、南宋を征服しようと思い立って、南宋の使節の中に絵描きをひそかに忍び込ませて、臨安(南宋の首都)の近くの西湖や呉山の風景を描かせた。そして、その絵に自分の姿、とくに呉山の最高峰には馬を立たせたというからまさに征服の意欲まんまんというところだろう。海陵王が南宋の文物にあこがれ、征服しようとする姿がうまく描かれているエピソードだと思う(これが歴史的事実かは知りません)

 はじめはよくわからなかったが、金史(だけでないが)こうした史書はよくわからないエピソードの連続である。しかし、こうした様々なエピソードがあとで発生する歴史的事件や結末に収れんしていくさまは本当に大河ドラマそのものだ。本筋は金の皇帝の歴史だが、皇帝の歴史だけでは正史はなりたたない、いろんな群像が折り重なって、様々な伏線となって出たり入ったりして、最後は王朝が滅んでおしまいとなる。こうした歴史の叙述法は司馬遷の発明らしい?(史記が最初だったか?間違っていたらすみません)。なるほど司馬遼太郎が司馬遷には遼(はるかに)及ばないとペンネームをつけたんだな。司馬遼太郎の歴史小説もこういう感じがする。(いくつもの物語が交錯する)

 さて、正史はもちろん通読を期待しているのだろうが、途中から読んでもわからないわけではない。ここが司馬文学と違うところだ。これってどこかでこういう本を読んだことがあるなあー。それはなんと私は聖書が似た構造になっているんじゃないかと思う。聖書は日曜日教会で端から読んでいるわけではない。牧師さんの趣味?もあるのだろうか、あっちいったりこっちいったりことが多い。さすがにクリスマス前とかイースター前はそれに絡むところをだんだん読むことが多かったが…。

 四福音書をマタイ伝とかマルコ伝と訳した漢訳聖書の人たちの気持ちがわかるなあ。とくに旧約聖書は本当に中国の正史風である。中国人にそのあたり聞いてみたい(聖書をみると自分たちの正史とどこか通じるところがあるのかどうか)。

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