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April 2008

April 28, 2008

好太王の遠征

 またまた『太王四神記』の話ですが、タムドク(ペヨンジュン)率いる高句麗軍はヨンホゲ(ユンテヨン)のような虐殺をしないで、物資をもっていって契丹の民と交易したいという。征服ではなく、貿易をすることがよいのだという。

 なんか現代社会を風刺しているようで、こんな平和的な王様が古代にいたとは、にわかに信じられないという人もいるだろう。たしかに実際の好太王がこんなに平和的な人であったかは、本当のところ私にはわからないが、古代のとくに遊牧民族の戦争というのは、虐殺だけではなく、物資をもっていって永続的に交易をしたいという面もあった気がする。

 遊牧民族ではないが、「日本書紀」に出てくる粛慎(みしはせ)と呼ばれるおそらく東北アジア系の民族(私は勝手にチュムチみたいな人と想像するんですけど)、と阿部比羅夫(あべのひらふ、だったっけ?)の遠征の記事が思い起こされる。(斉明天皇紀)

 この場合、沈黙交易が失敗して、ミシハセと阿部軍の戦争になってしまうんだけれども、古代の遠征の目的が必ずしも相手を打ち負かして亡ぼすだけではなくて、脅かしたり、饗応したり、あるいはおだてたりして、交易することも大きな目的であったことを示しているようだ。武装したシンドバッドの冒険といったところでしょうか。

 『太王四神記』に戻れば、契丹は鉄と塩を名産とする人びととして描かれている。鉄はともかく(北方民族の鉄、鋳物ではなく鍛鉄は有名)塩があるとは。女真も塩の産地を握っているという記述があるが、これは契丹以来のものなのかもしれない。塩というと海の塩をイメージしてしまうが、大陸には岩塩や塩井がある。

 日本には岩塩はもとより塩井もないといわれているようですが、長野県には塩類をともなう温泉があるようなので、太王四神記の契丹の人びとを思い起こしながら、塩類温泉に浸りたいものです…

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April 27, 2008

くじらと日本人

先週の日曜日(4月20日)東京新橋のヤクルトホールで行われた講演会くじらと日本人へ行ってきました。

捕鯨協会主催ということもあって、捕鯨問題にも当然話が集中していましたが、森先生の話は縄文から中世のクジラと日本人のかかわりについてであった。

九州の阿高(あだか)式をはじめとする縄文土器にはクジラの椎骨の凸凹がプリントされている。阿高式は私の卒業論文のテーマだったのでなつかしい。今や長野県にいるのだから、もう九州の縄文土器とはおさらばと思うと、森先生の講演会の話題に出てきて、縁が切れそうで切れないのか。どーも中央高地の縄文土器を考えるヒントになりそうである。(もちろん直接的な型式学的な関係ではないが…)

森先生もすでに気がつかれているようですが、私も見た時に似ていると思いました(詳しくは内緒・・・)。海が無い信州の縄文文化ですが、「海にあこがれて」いたんですよ。きっと(手前味噌ですみません)。

サメの歯、海産貝(タカラガイ、ツノガイ、イモガイ、ハイガイなど)のほかに、クジラもねえ…。たぶん便利だというだけでなく、その動物にあやかろうという気持ちがあったのだと私はにらんでいます。

あとナマコと信州の関係もまとめなくちゃねえ…。でも講演会で森先生が、最近は思いつきのような研究が多くて困ると苦言を呈しておられた。なんか自分のことのようで、ちょっと怖い気もする。でも、私のは引玉のせん(瓦)ですから、ご容赦ください。

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April 25, 2008

スジニ

 ヨメさんがまたまた韓流ドラマ「太王四神記」(たぶんこの言葉を入れるとアクセス数増えるのでコワイ)にはまっている。神話から高句麗の広開土王の時代を描いているのだから、考古学者としてどう思うかと聞かれるが…。(ブログが炎上してもいけませんので、そこらへんは書けません)

 一種の歴史を舞台としたファンタジーだと私は思っているので、歴史的事実と違うとかといった重箱の隅をつつくようなことには関心がありません。

 ファンの方が喜びそうな面だけ、気がついたことを感想として述べさせていただければ…。

 やはりペヨンジュンはさすがだな~と思う。私は韓国の男性の映画スターといえば、アンソンギさんとか若ければチェミンシクさんやハンソッキュさんが好みである。でもヨンさまはやはりさすがである。日韓関係が今後仮に悪化することがあったとしても、ヨンさまの悪口はゆるさんという一大勢力が巷にあふれている。これは単なる美男子だとかかっこいいというレベルを超えていると思う。

 細かい点では、韓国の人たちの神話・宗教観が具現化されていて興味深かった。最初にファヌンという神様の子?(ペヨンジュン)は、なんとなくイエスキリストに似ている。韓国にはもともとキリスト教を受け入れるようなイメージがあるようだ。 

 『韓国のキリスト教』というようなたしかどこかの大学出版会で出された(黄色いカバーの)本の中に、韓国にキリスト教の宣教師が来た頃の逸話が載っていた記憶がある。韓国も最初の頃は、キリスト教を淫祀邪教と見なす勢力も多かったようで、宣教師もとくに商売敵?のムーダン(巫堂・韓国の女性巫女、シャーマン)が激しく抵抗するのではないかと宣教師たちも予想した。そこで、ソウルかどこかのムーダンたちを集めて、キリスト教の話をして、ムーダンたちの意見を聴く機会を設けたが、どのような反対や拒否反応が出るかおそるおそるしていたところ、「キリストという新しいハヌニムは実に結構です」という反応が多かったそうだ。

 つまり、もともと韓国にはハヌニム(天=ハヌル)をお祭りする信仰があり、天がその子供を地上に使わすという信仰があるようだ。たぶん今はキリスト教的な色彩と神話のイメージはとくにないまぜになっているのかと思う。

 次にいわゆる「遊牧騎馬民族」を日本人以上に身近に感じている点である。(チュムチ:パクソンウンら靺鞨や契丹を野蛮人的に描くのはちょっといただけないけど…)もともと朝鮮半島には、北方民族の風習が色濃く見られ、中国とは異なった風俗や信仰が発達したようだ。(もちろん南洋の影響も朝鮮半島には見られるのだが、それは話がややこしいのでここではカット)

 その北方民族の信仰や風俗の影響の一つが「鷹」である。スジニ(イジア)というタムドク(好太王=ペヨンジュン)の恋人?が朱雀という四神の一人であるが、これがNHKの放送の字幕によると、「飼いならされた鷹」ということである。早速webで調べてみると、中国のHPには「馴鷹」とある。

 鷹狩りは古くから朝鮮半島で発達したものであるが、どうもその起源は現在の中国東北部にある。契丹や女真は非常に鷹狩りを愛好している。彼らは遊牧をして馬などの家畜に親しんでいるが、決して彼らのトーテムは馬ではない。モンゴルのチンギスハンが蒼き狼と白き鹿の子孫で崇めるように、彼らは「野生動物」をあがめていて、女真はとくに「鷹」を重んじている。

 高句麗にも鷹狩風習があったことは『三国史記』などから知られていて、中国の影響をみる人もいるが、私は中国東北部にも勢力をのばしていた高句麗のことを考えると、北方民族との関係が強いとみる。

 いやあ、なかなかよくできているドラマと一人で関心する。

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April 06, 2008

やる気の研究

 たまに見る番組に「太田総理秘書田中」という政治バラエティーがある。長井秀和さんが美人局(つつもたせ)騒動で姿を消して以来、爆笑問題の二人が楽しみである。(NHK『爆笑学問』はいまいちだが)

 その「太田総理秘書田中」で、役人の天下り問題が議題に挙がっていた。議員(コメンテータ)の一人が、天下り問題の本質は、役人にやる気を出させる方法が下手なんだという意見を述べられていた。

 なるほどと思う。良い仕事をしてくれるのなら、沢山給料を出してもよいのである。日本の(役所の)現実はたぶん、一握りのやる気のある人と大半のやる気のない人なのであるが、この時やる気のない人(私も含めて)をせめてばかりでもなんにも変らない。中国の木端役人の口癖に「上に政策あれば、下に対策あり」。上がいくら笛吹けども、いずれ転勤したり失脚したりするから下はじっと対策を練っていればよいということである。

 やる気は給料だけではないと思う。やはり自由度を高くし、適切な評価方法を構築することに限ると私は思う。

 自由度がなぜある程度必要かというと、命令されていやいややるより、積極的な動機があってがんばる方が結果として働くのである。と私は思う。

 役人の仕事は評価がしにくく、たいてい声の大きい人が注目されがちではある。しかし、いかなる仕事も評価できないわけではないはずだ。第3者的な人がこの評価方法を確立すべきだと思う。とかく減点主義が日本の役所のお家芸ではあるが、スクラップアンドビルトで、加点主義にもう少しならないものだろうか。

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April 05, 2008

BCLの思いで

 子供のころ BCLというのが流行った。Broadcasiting Listenerの略なので、決して海外の短波放送を聞いてべリカードを集める趣味という意味ではないが、実際はBCLをやっているというと海外の短波放送を聞いてべリカードを集めるということであった。

 小学校のころ最初にはまったのが、ラジオ韓国、北京放送、モスクワ放送である。のちに朝鮮中央放送やラジオ・ベリタス、ラジオオーストラリア、BBC、バチカン放送などの日本向けの日本語放送である。日本語だからなんてことはないかと思いきや、今考えるととても勉強になったのが、地名や人名が現地読みだったことである。

 たとえばラジオ韓国は、人名を韓国語読みしていて、朴正熙(ぼくせいき)大統領はパクチョンヒ大統領であったが、ヒの音がちびっこBCLには聞き取りづらく、最初「パクチョン」大統領と受信報告書に書いたりしていたが、智恵者の友達が、新聞に出ている朴正熙大統領を韓国語読みしているのであり、朴が「パク」、正が「チョン」だから、熙に対応する言葉がなにかあるはずだということになり、しっかり聞いていると、「玄界灘に立つ虹」という番組で、パクチョン大統領と言っていることが判明し、受信報告書にパクチョンヒ大統領と書けた時の感動はなかった。
 
 また、インターバルシグナルといって各放送局特有の音楽やIDといって放送局が自分のことをアナウンスする部分を確認することが受信報告書執筆の必須部分なのであるが、とくに現地語の部分を口真似するのが、流行った。

 ラジオ韓国の「ヨギヌン ケービーエス ラジオハングォ クゥクチェ パンソン イムニダ」や台湾の自由中国の声「チョーリ シ スーヨン チョングォ ズー ション ザイ チョンフア ミングォ タイワン タイペイ…」などは覚えて、呪文のように唱えていたものだった。ちなみに弟はこの海外放送のIDのアナウンスのことを作文に書いて、賞をもらっていた。

 またニュースの内容を受信報告書に書くのだが、これまた智恵者がいて、その日の新聞を見ながら書けばよいということに気がついたのだが、当たり前だが、日本の新聞と見解が正反対ということがよくあって、これもある意味とても勉強になった。共産圏の見解が日本と違うのは当然だが、日本の新聞が当時はあまり伝えなかったアメリカやイギリスが日本と意見がとても違うことがママあることがBCLで手に取るように分かったものである。 

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