好太王の遠征
またまた『太王四神記』の話ですが、タムドク(ペヨンジュン)率いる高句麗軍はヨンホゲ(ユンテヨン)のような虐殺をしないで、物資をもっていって契丹の民と交易したいという。征服ではなく、貿易をすることがよいのだという。
なんか現代社会を風刺しているようで、こんな平和的な王様が古代にいたとは、にわかに信じられないという人もいるだろう。たしかに実際の好太王がこんなに平和的な人であったかは、本当のところ私にはわからないが、古代のとくに遊牧民族の戦争というのは、虐殺だけではなく、物資をもっていって永続的に交易をしたいという面もあった気がする。
遊牧民族ではないが、「日本書紀」に出てくる粛慎(みしはせ)と呼ばれるおそらく東北アジア系の民族(私は勝手にチュムチみたいな人と想像するんですけど)、と阿部比羅夫(あべのひらふ、だったっけ?)の遠征の記事が思い起こされる。(斉明天皇紀)
この場合、沈黙交易が失敗して、ミシハセと阿部軍の戦争になってしまうんだけれども、古代の遠征の目的が必ずしも相手を打ち負かして亡ぼすだけではなくて、脅かしたり、饗応したり、あるいはおだてたりして、交易することも大きな目的であったことを示しているようだ。武装したシンドバッドの冒険といったところでしょうか。
『太王四神記』に戻れば、契丹は鉄と塩を名産とする人びととして描かれている。鉄はともかく(北方民族の鉄、鋳物ではなく鍛鉄は有名)塩があるとは。女真も塩の産地を握っているという記述があるが、これは契丹以来のものなのかもしれない。塩というと海の塩をイメージしてしまうが、大陸には岩塩や塩井がある。
日本には岩塩はもとより塩井もないといわれているようですが、長野県には塩類をともなう温泉があるようなので、太王四神記の契丹の人びとを思い起こしながら、塩類温泉に浸りたいものです…


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