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March 08, 2008

縄文式あやうし?

 南山大学の大塚達朗先生の近年の研究成果を読んでみる。だいたい先生の研究は目を通しているはずなのだが、私の理解というのは、読んでからしばらくたって(それも時間がかかる場合で数年で)実感できるので、だいぶたってから意味が分かってくる。脳科学ではどのようにとらえられるのか聞いてみたいぐらいだ。たぶん理解力というか実感力に欠けるのだろう。でも仕方がない。

 さて大塚先生の説については、縄文土器型式の研究に得意な人であれば、自明の理なのだろうが、ご本人が著書一覧で述べられているから間違いないが、山内清男の縄文式土器という体系に疑問符をつけているのだ。

 たぶん考古学の専門的研究であるから、あまり世間のやばい人たちの目に触れることはないから、巷間で大騒ぎになっていないようだが、仮に大塚説が正しいとなると、「縄文文化」という枠組みは、結構あぶなくなる。縄文文化は大丈夫か。

 すでに西田泰民先生が、巷間で縄文文化は多様だと言われるが、それは縄文文化が多様なのではなくて、多様な日本列島の当時の文化を「縄文文化」といって一つにくくっているにすぎない(大意)。と指摘されてはいる。

 考古学の専門家(と称する人たちの)中でも、弥生文化や古墳文化さらには律令国家の領域が、現在の日本国と一致しないことは自明である。旧石器時代も日本列島の旧石器時代とかあるいは先土器時代などと呼ぶが、各地域文化、たとえばナイフ形石器の段階では、茂呂型ナイフ形石器文化とか国府型ナイフ形石器文化のような呼称を使って研究がおこなわれていて、旧石器時代の日本文化みたいな呼び方をすることはない。

 それでもみな安心していられたのは、縄文文化の究極的枠組みは、大丈夫だろうという見通しがあったからだ。たとえば北海道の石刃鏃文化や九州の曽畑式などちょっと縄文式の範疇からはずれそうなものもあることにはあるが、それも縄文文化の辺境地域のこと(北海道や九州の方ごめんなさい)とタカをくくっていられた。

 ところが、大塚説はそういうことを言っていないようである。より本質的な問題を指摘しているようだ。私にはまだ大塚説の是非はわからないが、これをしっかり研究する必要がありそうなことだけがようやく見えてきた。

 ちなみに、私は縄文文化大陸関係説(なんてカテゴリーはないけれど、仮称)的によく見られているが、本当は国粋主義的です。たぶん旧石器時代や弥生時代、古墳時代後半に比べれば、日本列島の中を行き来していた人たちであるとは思っています。だけれどもこの枠組みでよいかはたぶん当分終わりそうにないテーマでしっかり考える必要があることは間違いない。

 

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Comments

かもさん、こんにちは。いつも見ていますが更新があまりなく忙しいご様子ですね。

確かに「縄紋文化」列島一系説は疑問です。これは山内先生自身が言われています。また、曽畑式なども半島との関連も多くの方から指摘があるところです。

南山の先生は【文様帯系統論】を批判的に検証することから、山内の縄紋文化論を(主に土器型式論を軸に)山内神話を批判している、と私は受け止めています。

それはそれで傾聴すべき意見ですが、多様な縄紋文化論というものはないし、弥生時代に移行するプロセスも多様性があると思います。

また、縄紋文化にせよ弥生文化にせよ東アジアの視点を持つことがこの問題のカギだと思います。

Posted by: 鬼の城 | March 10, 2008 at 09:23 AM

鬼の城さん おひさしぶりです。地域的に広くみることと通時代的に見ることが大事かなと最近思うようになりました。

Posted by: かも@京都 | March 14, 2008 at 10:23 AM

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