« February 2008 | Main | April 2008 »

March 2008

March 16, 2008

ソ連の思い出

 私もロシアという国を知る上で貴重な体験?をいくつかしていることを思い出した。私が子供のころBCL(BroadCastingListener:直訳すれば放送聴取者だが、なぜか当時海外短波放送を聞く人の意味になっていた)というのがはやっていた。

 今から思えばベリカード(Verifecation Card:ハムのQSLカードのようなもの)を集めるというコレクタ趣味と海外へのあこがれをミックスした家電業界の陰謀?だった気もするが(BCLについては語りだすと止まらないので、今日はやめておく)、とにかく海外の放送を聴きまくった。

 いろんな意味で当時の小学生に人気があったのが、北京放送、ラジオ韓国KBS、モスクワ放送であった。1970年代後半の北京放送は日中友好ムードでいっぱいで、あったが、それでも日本帝国主義批判はまだあった。ラジオ韓国はまだまだ韓国への偏見(遅れた非民主主義国家)が日本側にあり、それを「玄界灘に立つ虹」(だったか)という聴取者参加番組で一生懸命乗り越えようという涙ぐましい努力が放送する側にあったと思う。

 一方モスクワ放送はソ連政府のゆるぎない自信を反映してか、まったく北京放送やラジオ韓国のような「友好」なんていうような猫なで声はなく、独特の口調で延々とソ連の主張を繰り返していた。小学生の私も、これが共産圏のプロパガンダかと憤慨し、北方領土を返せとかいいながら、モスクワ放送の内容を友達とギャグにして面白がっていて、「モスクワ放送友の会」(だったか)にも入っていた。

 あるとき、詳しい理由は忘れたが、ちびっ子BCLがソ連大使館に招待されることになった。どちらかというとソビエト嫌いの両親はあまりいい顔をしなかったが、政治的に利用されるおそれはないと思ったのか、許可がでて、さらにそれでもあまりみっともないカッコをして大使館の人を驚かしてもいけないということで、半ズボンに吊りベルト、革靴という七五三以来のおめかしをして、子供だけで麻布狸穴(まみあな)のソ連大使館に向かった。

 いってみて分かったのは、日ソ親善の集いのような会で、私達子供は少数で、大使館関係者はもとより大人が多くひどく難しい話ばかりで、私達は退屈を極めていた。さすがにソ連大使館の人たちも悪いと思ったのか、お土産コーナーみたいなものを急遽設置して、子供達に自由に持っていくように案内してくれた。お菓子、写真集、カードやしおりのようなものもあったほかに、もうしわけなさそうに共産主義のイデオロギーの本も端っこにおいてあった(さすがにほしいという子供がいるはずもないと思っていたのだろう)。

 ところが、案に相違して、我々はこの共産主義の本の取り合いになったのだ。どうして取り合いになったのかはよく覚えていないが、とにかく子供の直感で、町の本屋には絶対置いていないし、親や先生もいい顔をしないようなものだから、かえってほしくなったのだ。

 我々が半狂乱になって本を奪い合いするものだから、ソ連大使館の人たちもびっくり、係りの人が急遽どこかから追加を運んでくる騒ぎになった。その間も「くれ~、くれ~」の大合唱で、日本の庶民の躾のなっていない子供の有様に本当にびっくりしていた様子であった。ソ連大使館の人たちは私達に「みなさんはここに書いてあることが本当にわかるのですか」といっていた。わかるはずもない。だけど珍しいものはほしいのである。帰りの電車の中でみんなで読んでみたがちんぷんかんぷん。案の定帰宅すると、没収・廃棄されてしまった。

 ただ、とにかく印象に残っているのは、当たり前だが、ソ連大使館のほとんどの人が普通のちゃんとした人間であったことがよーくわかったことだ。スパイの巣では(いたのかもしれないが)ではないことが、「くれ~、くれ~」騒ぎのあたふたした対応でなんとなくこちらにも伝わってきた。

 会に参加していた大人のおそらく親ソ派の日本の大人は、ニガニガしく私達を見ていて、最後阿鼻叫喚になってしまったこの謎の会は、成功とはいえなかったかもしれないが、私達こどもはあいかわらず「北方領土返還」といいつつも、モスクワ放送やソ連大使館に親しみを感じたのだから、もしこれが仕組まれたものであったとしたら、最高のプロパガンダになったのかもしれない。

| | Comments (1) | TrackBack (0)

March 08, 2008

縄文式あやうし?

 南山大学の大塚達朗先生の近年の研究成果を読んでみる。だいたい先生の研究は目を通しているはずなのだが、私の理解というのは、読んでからしばらくたって(それも時間がかかる場合で数年で)実感できるので、だいぶたってから意味が分かってくる。脳科学ではどのようにとらえられるのか聞いてみたいぐらいだ。たぶん理解力というか実感力に欠けるのだろう。でも仕方がない。

 さて大塚先生の説については、縄文土器型式の研究に得意な人であれば、自明の理なのだろうが、ご本人が著書一覧で述べられているから間違いないが、山内清男の縄文式土器という体系に疑問符をつけているのだ。

 たぶん考古学の専門的研究であるから、あまり世間のやばい人たちの目に触れることはないから、巷間で大騒ぎになっていないようだが、仮に大塚説が正しいとなると、「縄文文化」という枠組みは、結構あぶなくなる。縄文文化は大丈夫か。

 すでに西田泰民先生が、巷間で縄文文化は多様だと言われるが、それは縄文文化が多様なのではなくて、多様な日本列島の当時の文化を「縄文文化」といって一つにくくっているにすぎない(大意)。と指摘されてはいる。

 考古学の専門家(と称する人たちの)中でも、弥生文化や古墳文化さらには律令国家の領域が、現在の日本国と一致しないことは自明である。旧石器時代も日本列島の旧石器時代とかあるいは先土器時代などと呼ぶが、各地域文化、たとえばナイフ形石器の段階では、茂呂型ナイフ形石器文化とか国府型ナイフ形石器文化のような呼称を使って研究がおこなわれていて、旧石器時代の日本文化みたいな呼び方をすることはない。

 それでもみな安心していられたのは、縄文文化の究極的枠組みは、大丈夫だろうという見通しがあったからだ。たとえば北海道の石刃鏃文化や九州の曽畑式などちょっと縄文式の範疇からはずれそうなものもあることにはあるが、それも縄文文化の辺境地域のこと(北海道や九州の方ごめんなさい)とタカをくくっていられた。

 ところが、大塚説はそういうことを言っていないようである。より本質的な問題を指摘しているようだ。私にはまだ大塚説の是非はわからないが、これをしっかり研究する必要がありそうなことだけがようやく見えてきた。

 ちなみに、私は縄文文化大陸関係説(なんてカテゴリーはないけれど、仮称)的によく見られているが、本当は国粋主義的です。たぶん旧石器時代や弥生時代、古墳時代後半に比べれば、日本列島の中を行き来していた人たちであるとは思っています。だけれどもこの枠組みでよいかはたぶん当分終わりそうにないテーマでしっかり考える必要があることは間違いない。

 

| | Comments (2) | TrackBack (0)

March 02, 2008

狐と狸と大統領

 小林和男氏の近著「狐と狸と大統領」を読了する。ロシア新大統領選出に向けてまさにグッドタイミングの出版だろう。「エルミタージュの緞帳」以来、小林さんの本は愛読している。

 ロシアというと怖い、閉鎖的、強権的というネガティブな印象を持つ人が多いだろう。私もたぶんそういった印象を持っていた日本人の一人である。小林さんの一連の著作を読んで、これはあまりにも偏向した印象であることを改めて思った。興味がある人は小林さんの著作を読んでほしい。

 小林さんはプーチン大統領の評価が高い。外交官の世界には「任地惚れ」という言葉があるから、NHK記者としてロシア生活が長かった小林さんの視点にはそうした傾向が多少なりともあるのかもしれない。

 しかし、それにしても小林さんの指摘することにはうなづける点が少なくない。私は最初にロシアに行ったとき、ちょうどエリティンからプーチンに変わった大統領選の時であった。選挙ポスターを是非見に行きたいと希望して行ってみたところ、プーチンさんのポスターは、なんとまあ実利的というか、本当に淡々とした比較的小さなポスターで浮ついたところは全く無かった。(当時はロシア語を全く読めなかったので、単なる印象だが…)

 エリティン大統領は憎めないところも多かったのだろうけれど、たいぶ困ったところもあるようだった(経済や社会の混乱)が、プーチン大統領はやるべきことはしっかりやるという印象だった。

 話変わって日ロの交流だが、ロシアの学者をもっと日本に呼んではどうかと思う。日本研究者も結構いるし、学者は経済的発展から非常に取り残されている。ムネオハウスもいいんだけれど、人的交流、それも日本おとくいの「文化的」っていうのはいいと思う。ロシアの日本研究も結構面白いものがあるから、もっと日本にそれが紹介されても良い気がする。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

March 01, 2008

幼児は月を発見したという

 改めて自分の研究を見てみて驚く。そもそも研究というしろものかどうか別であるが。

 まあそれにしても、隙間産業的なものが多い。それと遺物論中心である。遺跡を把握しようとは思っているのだが、遺構に関する研究はほとんどない。遺跡を調査するのは嫌いではない(どころか楽しい)のであるが、遺構をまとめて、それを研究するとなるとどうも無意識のうちに避けているのだろうか。

 それはさておき、無意識のうちの影響とは恐ろしいことにも気がつく。学生時代から世話になっていたり、私淑している諸先生・先学の成果はもとより、自分がよく読む論文や翻訳した論文の内容にものすごく影響されているんだと改めて感じる。

 そもそもよく読んだり翻訳するぐらいだから、自分が興味を持っている内容なのだから当然と言えば当然であるが、まずいのは、あまりに血や肉となって、自分が昔から(そうした論文を読む前から)思っていたことだと感じてしまうことである。

 「幼児は月を発見したという」という好きなフレーズがある。幼児にとっては、自分が発見したものが人類が発見したものだと感じてしまうことを言っている。

 学問は先行研究の上に成り立っていて、出典を明示することは当然である。幼児のようなわけにはいかない。ところが出典はともかく、論文を書く上での、思考方法のようなものまでは、明示しないことが多いだろう。明示しなくても、自分の思考方法がさまざまな先学の研究におっていることはあらためて自覚しておかなければならないと反省する。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« February 2008 | Main | April 2008 »