善光寺瓦見学
過日、長野市埋蔵文化財センターさんのご好意でようやく?善光寺境内出土瓦を見学させていただく。
瓦の展示をやったとはいうものの、古代瓦についてなにか目新しい所見が出せるわけもないが、さまざまな付随する情報をご教示いただけて、よかった。
例の湖東式の軒丸瓦は、滋賀県以外だと、福井県にしかないそうである。早速、ホームページ検索してみると、福井県の例が紹介されていた。(福井県史通史編)
上記のホームページは小笠原好彦先生の意見を引用していて、「この祖型は百済の首都扶余の軍守里廃寺や、中国吉林省の渤海時代の遺跡に求められる」そうだ。
長野市の担当者の方も、滋賀県から日本海ルートで湖東式瓦の文化が伝わった可能性も考えておられるようだが、私も賛成である。
そうしてみると、ほかの長野県の古代瓦の起源やルートを見る目も変わってくる。たとえば、雨宮廃寺の瓦と同系の瓦が新潟県新井市で出土している。また明科廃寺の瓦は岐阜県飛騨地方である。いずれも日本海水系である。
これらの瓦はみなおおもとはあるいは近畿地方かもしれないが、日本海ルートを重視すべきか。滋賀県で出たとなるとすぐ東山道ルートという発想が出てきそうだが、稲荷山の信楽焼の話ではないが、日本海水運ルートは前近代において一大ルートであった。
さて、話変わって朝鮮半島との関係でいえば、百済びいきの私としては、百済に祖形があるというのは、善光寺の伝承と符合していそうで、一見よいのだが、渤海との関係ももしもあれば面白そうではある。善光寺境内からは出土例はないが、千曲川流域(おもに右岸)では蕨手文(雲紋)の軒丸瓦が出ている。雲紋の瓦もそれこそ吉林省などからも出土しているので、そこらへんの地域とも比較したいものである。
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