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July 2006

July 30, 2006

契丹の役人 ヤンポ

 女真文字を作った人は、『金史』には完顔希尹だと出てくる。ところが、異説もある。女真(金)に捕らえられた(亡命した?)遼の官僚ヤンポだとする説がある(毛汶説)。

 『遼史』や『三朝北盟会編』などによると、ヤンポ(楊朴)は、金太祖アグダ(阿骨打)に皇帝を称することと大金建国をすすめたとされる。『遼史』や『三朝~』のこの記事は信憑性が高いようだが、なぜか『金史』にはヤンポのことを直接触れた記事(~伝など)はない。

 『金史烏野伝』(巻六十六)に「女直初無文字、及破遼、獲契丹、漢人、始通契丹、漢字。於是諸子皆学之。宗雄能以両月尽通契丹大小字。而完顔希尹乃依倣契丹字製女直字。」(巻七十三 完顔希尹伝、宗雄伝にも同様の記事)とある。毛氏はこの記事に注目し、女真文字を契丹人が作ったあるいは関わったとするのは、金にとって都合が悪いので、遼の楊朴らの関与が抹消され、完顔希尹のみの功績とされたのではないかと。

 契丹文字と女真文字は、だいぶことなる気もするのだが、女真建国前後の状況(戦争に明け暮れて、文字製作どころではなかったのに、建国すぐに女真文字が成立してとされる)を考えると遼の知識人(官僚や学者)の関与を考える毛の指摘は、うなづける。(女真が本当に無文字社会だったかどうかは別にして、新しい文字体系を作るのはそれなりに大変だと思う)

 ところで、毛論文に直接あたるまで、欧米の論文では、単にYang Poと表記されていただけだったので、漢字表記が分からなかったが、(三朝北盟会編や遼史を調べればよいのだが、そこまでのズクもなく)今回、ようやく氷解し、原典でも確認できた(楊璞とも書く)。長年?の胸のつかえが降りた感じ…

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July 29, 2006

中国の契丹・女真化

 契丹や女真族はその後どうなったのだろうか。女真族は満洲族になったのかもしれないが、契丹人は、漢民族化(満洲族も漢民族化してしまうと)したように私は今まで理解してきた。中国を征服した北族も皆、漢民族化していくのか。
 しかし、本当だろうか。岡田英弘先生がどこかで述べていたような気がするのだが、現代中国は、漢民族が満洲族化したものであると(いう見方もできる?くらいの意味だったか)。私は東洋史が専門ではないので、岡田説が、東洋史学界でどのような位置にあるのかは、よくわからないが、目から鱗の指摘である。
 中国を英語ではチャイナといい、ロシア語ではキタイという。前者は秦、後者は契丹が語源という。Chinaのほうは支那・震旦というように伝統的中国(シナ)本土の外国から見た呼称であり、キタイは北族が入り混じった地域をも含めた地域の呼称というニュアンスの違いがあるようだ。岡田説のいうような枠組みが成り立つとすれば、その起源は征服王朝(遼・金・元・清)なのだろう。
 現代中国はシナの子孫であると同時にキタイの遺産も引き継いでいる。とくに首都が北京というのも、それを象徴していそうだ。

 契丹文字や女真文字を見ていると、現代中国の簡体字をふと思い出してしまう。契丹も女真も漢字を元にした文字とされるので、漢字に似ていて当然といえば当然なのだが、北京を首都とする中華人民共和国政府が選択した文字の体系は、満洲文字やモンゴル文字(これらはアルファベット)を飛び越えて、契丹、女真文字に先祖帰りしてしまったかのようだ。(学問的根拠はありません)

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