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April 2006

April 24, 2006

ハワイへ行くには…

 ハワイになぜポリネシア人が行くことができたか。西暦700年頃というので、日本で言えば飛鳥時代(終末期古墳)の頃ということになる。

 まあ、この頃ならば、天文学的な知識も発達していて、星を見ながら自分たちの位置を確認できたという説もあながち荒唐無稽とも思えない。

 しかしである。どーして見えない地平線の向こうに島や陸があると確信できたのだろうか。それは(私の説ではない)鳥が渡っていくのを見たかららしい。こうした知識はおそらくかなり古いだろう。旧約聖書でもノアが烏を放ってみて、最初戻ってきて、次に鳩をはなつとこれもおなじく戻ってきたが、次に放すとオリーブの葉をくわえて戻ってきて、そしてさらに7日後鳩を放すと鳥が戻ってこなかったということで、どこかに陸地があるとノアが確信したという。

 ただ、これだとどこかに陸地があるのは良いが、どこに(どの方向に)あったのかを知る知恵は表現されていない。

 どの方向に陸地があるか…。それは、おそらく渡り鳥の習性を知っていたものと思われる。ハワイに渡っていく鳥(渡り鳥)がいたのではないか。

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男系天皇の背景

 女系天皇と女性天皇で、トラックバックしていただいた方のブログを拝見したところ、たしかに女系天皇へ移行するのではなく、むしろ「男系天皇制の放棄」を政府は意図している(両方がなれる。女性の系統だけが即位できるわけではないので、日本の皇室が女系になるわけではない)と言ったほうが適切のようだ。

 つまり、やはり日本の現在の大多数の国民の風習に合わせるわけである。ところで、この辺を社会学や文化人類学の人に聞いてみたいのだが、言語は同じでも婚姻形態が異なれば、民族的にみてかなりの断絶なのではないだろうか。また、婚姻形態が異なる原因にはおそらく宗教が関わっているのではないか。

 中国や韓国で、男系のシステムがしっかり守られているのは、儒教によることはいうまでもない。どうして、儒教が祖先祭祀において男系を強く言うのか。それは儒教の宗教的な信仰による(加地伸行先生説)。簡単にいうと、亡くなった祖先を祭れるのは、直系の長子だけなのである。「儒」とは本来「巫」の一種であり、男系の祖先を祭る宗教の祭祀者でもあったらしい。(後に官僚育成の面が強調されていったのだろう。)

 勿論、直系の長子が亡くなることもあるので、その場合は、次子、第三子…。それでもだめならより近い傍系男子ということになる。これはあくまで宗教的な血の濃さによって適格者が決まるので、個人の資質は関係ない。これが中国や韓国の儒教システムであろう。

 一方日本(倭国)では、儒教は伝わってきているのだが、儒教の宗教的な面が今一、受け入れられていない。未だに新聞の人生相談で、祖先を誰が祀ればよいのかという質問に、子孫の方ならば誰でも良い(心の問題だ)という主旨の回答が多いのも、(大多数の土着的)日本人の心象を代表しているようだ。(細木先生にも聞いてみたいが…)私も含めて大多数の日本人は、なぜ男系の長子のみしか祖先を祭ることができないのかが宗教的に理解できない。(そもそも中国韓国的な祖先崇拝は日本にはないと思われるが、これは別稿で)

 ところが、祖先の祭祀を男系しか認めない。しかし、儒教システムとは違って男系男子だけでなく、男系女子にも祭祀権を認める一方で、まったく女系や他一族からの養子は認めない人びとが日本の中に、ある程度いる。
 
 それは、一つには皇室であるが、そのほかに出雲社家、旧諏訪五官家、善光寺堂童子諸家がおそらく皇室に近いシステムと思われる。(直系が絶えた場合一族から養子をとるシステム。)寺社に関わる一族であり、儒教の影響の可能性が全く無いとも断言できないが、これはおそらく「神話」の時代(奈良時代以前)からのシステムだと私は思う。

 これをどう解釈するかだが、古代には天皇家的システム(類似儒教の男系祭祀継承システム)が中近世に両系的祭祀継承システム(男子も女子もOK)、さらには名前を継げばよい(擬似的な血縁継承)へと「発展段階的」に変化したとするか。(たぶん歴史学者は発展段階的な理解がすきなので、こうした解釈が俗耳には入りやすいか)

 しかし、おそらくそうではないだろう。卑弥呼の時代には男王→卑弥呼→台与と変遷している(これは王権の移動なので、必ずしも祭祀も移動したかどうかわからないが、シャーマニックな王様だったので、祭祀と政治は一体だったろう)。これが、「記紀」の中の神話となると、儒教とは明らかに異なる男系祭祀継承システムになっている。

 つまり、神話や記紀で描かれている婚姻形態は古代日本の政治的支配者階層の婚姻形態であり、大多数の被支配者階層は弥生時代以来のシステム(つまり今でも日本の大多数のシステム)を維持していたのではないか。つまり社会的階層あるいは身分・職能によって婚姻形態が異なっていたのではないか。

 中近世になって、古代の支配者では政治的な権力を放棄する氏族が出てきて、彼らは祭祀に専念するようになり、そうした一族は今もそのシステムを維持している。一方で政治的権力をあくまで維持しようとした一族は、武家などになった人びとは、古代の上層階層だけで構成されていないこともあり、土着日本的な祭祀継承システムにもとづく、婚姻形態を徐々に受け入れていったのではないか。

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April 23, 2006

ハワイ発見の謎

リンク: ハワイの歴史 ハワイ オアフ観光局オフィシャルサイト - ハワイの最新情報 :: ハワイ好きな人もハワイに行ったことのない人も、ハワイをもっと身近に.

ハワイには西暦7世紀頃にはポリネシア人が移住したらしい。絶海の孤島ハワイにどうやって人は移りすんだのか。ポリネシア人は天体観測をして遠洋航海をしたというが、それにしても水平線の向こうにどうして島があると気が付いたのか…。

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竹島問題と日本人拉致問題

 竹島問題が、だいぶ紛糾していた。それにしても、今回のもめ方はなにか不自然だ。
海上保安庁も極秘に調査すればよいのに、わざと?リークした。

 韓国側も一歩も引かないようなスタンスでいたが、実際は妥協した。

 どうも、最初から落としどころがあったように思えてならない。

 それなのに、なぜか大激論?していたようだ。というか隠さずにわざと報道している気配がある。なぜか。この辺を外交の専門家に聞きたいのだが、実は竹島問題を話し合っていたのではないのではないか。こういうことはよくあるはずだ。貿易摩擦のはしり日米繊維交渉で、建前的に言われていた繊維の問題はごくわずかで、安全保障問題や沖縄返還が話しあわれていたという。

 では、竹島問題の裏で、何を緊密に話しあっていたか。以下は類推であるが、ちょうどその前後に韓国政府は北朝鮮とも「対話」を行っている。今回はじめて「拉北者」の問題も提起されたという。

 日本と韓国が密接に連携して対北朝鮮にあたるという図式は、北朝鮮から見れば、絶対に受け入れられないのである(建前としても)。

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April 21, 2006

縄文文化のかたち

 「縄文文化」(≒縄文式)はいつ出来たのか。土器型式の系統的なつながりを重視すれば、草創期にはできていたことになる。もし、草創期の土器型式が地域よってものすごく異なっていれば、縄文文化の始まりについての論議は、もっともめたかもしれない。
 ただ、草創期の土器型式がのちの早期以降の土器の祖先であったとしても、唯一の祖先かどうかはまだ、論議する余地があると密かに思っている。これは縄文文化の範疇を考える上で重要な視点だろう。
 さて、一方縄文文化が分裂?しそうになるたびに、統一的というか、文化的な共通性が生まれてくるように見える。土器もそうなのだが、石器にこの現象が見える気がする。縄文式石器という言葉を山内清男先生は「予言」した。氏はあまり具体的には示していないが、小林達雄先生の「第二の石器」が「縄文式石器」に相当するのかもしれない。
 どういうことかというと(そんなに真面目に考えていないので、単なる思い付きであるが)、例えば早期のトロトロ石器(異形部分磨製石器)や前期のケツ状耳飾などが比較的良い例だと思われる。
 例えば、石鏃などの利器(第一の道具)は必ずしも日本列島に限定されない。一方、第二の道具とされる石棒や独鈷石などは比較的汎日本的(日本列島の半分くらいは分布している?)のである。土器と違って系統性や相互の関連性を証明しにくいので、「縄文式石器」の研究は進まなかったのだろう(と勝手に推察する)。
 ただ、トロトロ石器やケツ状耳飾が広域に広がった背景には、共通の文化的な背景があったと見てもよいのではないか、それは今我々が「縄文文化」と仮によんでいる日本列島の弥生時代以前の文化のことを示しているようだ。

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April 19, 2006

ビーケーワン:西太后

リンク: ビーケーワン:西太后.

清朝末期(~民国初年)におきていることはまさに現代の日中関係を知る上で、極めて重要である。「殷鑑遠からず」

筆者には「京劇」という本もあるだけに、この本自体が「海瑞罷官」のような寓意を含んでいるようである。中華人民共和国の末路?

ただ、康有為のように「学者」は一般に軽佻浮薄とのことなので、政治家の皆さんは、知識としてはよいが、実際の政策立案の際には要注意(当然分かっていると思いますが)。

国家としての中国はともかく、一方で中国人は非常に個人的な信義を非常に重んじる人びとであることも指摘している。

中国人ではないが、私も日本の関東大震災の際の朝鮮人虐殺を糾弾する集会で、日本側をかばうような発言を正々堂々と述べる韓国人の老人をみた。ステレオタイプの大学生を一喝していた。

その会場ではとても日本語で話しかけられる雰囲気ではなかったので、あとで直接お話をお聞きしたら、この人も非常に個人的な信義を重んじている方であった。

ある意味中国も韓国も日本とは比較にならないほど、「公務員文化」の長い国である。日本のような「武士の文化」とは異質である。武士もあるいみ公務員的な性格をもっているが、やはりもとはといえば、民間の私兵がだんだんと公的になったものであって、科挙で選ばれた人たちとは違う。

「天意はかりがたし。」一方で「上に政策あれば、下に対策あり。」といった知恵がある。

歴史の本というよりは、現代日本人の処世に役立ちそうな本である(「武士の家計簿」の中国編をこの著者に書いてほしい)

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言葉は電光のように通じるもの

 山本翁の名言に「言葉は電光のように通じるもの」というのがある。

 分かろうとしない人に、分からせるのは至難である。ちょっと違うが、「馬を水のみ場へ連れて行くことはできるが、水を飲みたくない馬に水を飲ませることはできない。」という言葉もある。

 万言を費やしても、通じない人には通じない。

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April 15, 2006

猫の皿

リンク: 猫の皿.

落語の中でもこの「猫の皿」というのは、好きな噺である。(猫好きというのもあるが…)

「猫の皿」の舞台はたしか「信州」である。信州のどこだとは出てこないが、信州で、猫というと唐猫→篠ノ井塩崎あたりというのは、どうでしょうか。

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April 12, 2006

寅さんのメロンねた

やっぱり面白いですね「男はつらいよ」…。私もインディー・ジョーンズのつもりで決めているのですが、うちの河童に言わせると考古学の寅さんだそうです…とほほ。

さて、今日も浅丘ルリ子をマドンナに迎えた「寅次郎相合傘」(NHK-BSの寅さん特集)でも、よく使われる「メロンねた」が出ていました。このシチュエーション、山田監督よっぽど好きなんですかね、寅さんシリーズでたびたび見ます。

寅さんにお世話になった人が「メロン」を持ってくる。寅さんがいないときに、メロンを食べようということになる。うっかり寅さんの分を切り忘れたため、寅さんがひがんでひと悶着起こす。

大人気ない寅さんを笑うシーンなんですが、東京の映画館で寅さんの味方をしている観客が意外に多いので、子供のころ驚いた記憶があります。

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April 10, 2006

女性天皇と女系天皇

女性天皇は日本の歴史上何人かいる。男性の天皇の娘が即位することがある。
一方女系天皇、女性の天皇の娘(ないし息子)が即位した例は歴史上ない。(あったら教えてくれ)

天皇家の相続の歴史的ルールに従えば、とにかく直系男子がいなくなったら、傍系の男子に継がせればよいのである。そのとき、その傍系男子が臣籍降下していようが、なかろうがそれはそれほど本質的な問題ではない。皇室典範も所詮、近代になってのルールだ。

ところが、小泉さんは、ここらへんまったく理解していない(というか理解する気が無い)。これは、はじめ小泉首相やその周辺の皇室の歴史に対する無知から来たのかと思っていたが、たぶんそうではない。

実は、世論調査の結果が、女性天皇のみならず女系天皇も容認している方向にある。それは、どうしてかというと我々日本の庶民階級において、女系も男系も相続において、結構両方あるのが現状である。これは韓国と比べると歴然としている。

日本は、有る意味東アジア的な男系社会とは縁がなく、妻が夫の姓を名乗ることを男系社会の特徴と勘違いしている人がいるくらいで(日本の制度もある意味男系的な要素もあるかもしれないが、韓国、中国とは全くことなる)、韓国や中国では、あくまで妻は死ぬまで実家の姓を名乗っている。つまり、金さんの家に朴さんが嫁にくると子供たちと旦那さんは金さんで、奥さんだけ朴さん(朴氏)である。これぞ、東アジア的男系社会の基本である。

日本のもともとの社会の様子はよくわからないが、韓国、中国とは全く違う。ご都合主義というか、なんでもありだ。娘に婿をとり名字をつがせることや両養子なんていうのもある(韓国の人から見れば、うまく説明しないと近親相姦と間違えられる)。その中で、皇室だけは、韓国や中国のシステムとは異なるが、男系のシステムを維持してきた。むしろヤマト王権以前の男王→卑弥呼→台与という相続をみると弥生時代(古墳時代初頭?)の倭国の王権は女系、男系両方ありで、後の天皇家のルールとはことなり、今の日本の庶民と同じような(両方あり)のシステムだったかもしれない。

これは、歴史的な証明は私にはできないが、やはり皇室は日本の土着の人々とはことなった婚姻制度をもった人々の子孫であることを示しているように思われる。

王室(皇室)の人びとが異民族であることは決して珍しくない。イギリス(王室はドイツ系)、ロシアのエカテリーナ女帝(プロイセン)などヨーロッパでは当たり前。東アジアでも遼や元、清といった漢民族にとっての征服王朝はもとより、朝鮮朝(イソンゲは女真族の可能性がある)、一方金の完顔氏の始祖は、女真族ではなくて、高麗(高句麗)ないし新羅の末裔を称していたから、朝鮮と女真は王族がそれぞれクロスする関係に有るのかもしれない…。

さて、小泉首相は民主主義によって選ばれた首相であるので、日本の大多数の土着日本人の風習に、皇室を合わせようとしている。これは民主主義国家の宿命であるのかもしれない。さて、我々は右袒すべきか左袒すべきか…。

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April 09, 2006

もうひとつの学芸員室-学芸員って何するの?

リンク: もうひとつの学芸員室-学芸員って何するの?.

「野崎藍花」さんという学芸員さんは実在するかわからないが、こんな感じの学芸員さんがいたらいいと思う。(私の個人的意見です。あくまで)

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