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April 2005

April 30, 2005

山本夏彦翁と魯迅先生

 「毒舌」(陳腐)「辛口」(カレーじゃあるまいし)のコラムニスト山本夏彦翁の題名に「愚図の大忙し」という題が有る。私(山本翁)は愚図なのだが、いつも慌てている。というような意味だったような気がする。
 山本翁はフランスにいただけあってフランス文学に詳しく、二葉亭四迷が好きだったせいか、ロシア文学にも興味があったようだ。その点、近代中国文学についてはあまり論及されなかったが、唯一魯迅についてはたびたび触れられている。
 さて、魯迅から影響を少なからず受けているのか、考えてみるとこの「愚図の大忙し」という矛盾に満ちた題名、まさに魯迅(のろまでスピーディー)である。
 魯迅がツルゲーネフの「ルージン」から来ていると指摘していた山本翁。是非そのあたり聞いてみたかったところである。

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April 28, 2005

今となっては貴重な「恐竜家族」

リンク: The Unofficial Dinosaurs Homepage: welcome.

非公式ホームページとはいうものの、非常に充実している「恐竜家族」のホームページ。
オランダの恐竜家族ファンの人が作っているらしい。

なんでも恐竜家族を製作した会社が某D社に買収され、ビデオや再放送がなくなってしまっているらしい。

どうせビデオやDVDがNHKから出るだろうとたかをくくっていて、私の手元には自分で録画したかなりひどい画面の状況のビデオがあるだけである。今もって日本語版は全くでる気配がない(英語版も一部だけ)。

今となっては、非常に貴重な資料となってしまった。さて、上記ホームページには、ベイビー・シンクレアの英語版(オリジナル)の声が収録されている。日本語版は原作声の感じまで非常にうまく再現していたのだと改めて感心する。NHKさん是非恐竜家族日本語版だしてくれないかな。DVDボックスで5万円くらいなら買います。

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April 26, 2005

昔・蟹工船、今・バイク

リンク: Продажа мотоциклов из Японии | Продажа скутеров и мопедов из Японии | Подержанные мотоциклы и скутеры.

ロシア語の少し大きな辞典だとкавасакиという外来語(勿論日本語からの)が載っている。意味は小林多喜二が描いた「蟹工船」などの和船(川崎船というらしい)をロシア語でいうらしい。このことを知った時ちょっと複雑な気持ち…。あんまりいい意味じゃないのか…。

さて、現代のロシアのインターネット検索エンジンで調べると出るわ、出るわ。なんと蟹工船ではなく、バイクの名前でした。中国や韓国でも同じ状況。この場合はあんまり悪い意味じゃなさそうなので、なぜかほっとします。

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誰か昭和を想わざる

リンク: 誰か昭和を想わざる.

歴史のホームページをなんとなく探していたらぶちあたりました。山本夏彦翁を思い起こさせて秀逸(翁のことも引用されていました)。

とくにあとがきは、歴史の見方を語っていて言い得て妙。

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April 25, 2005

恐竜家族

リンク: 恐竜家族(Dinosaurs).

 以前かなりはまっていたドラマにアメリカの「恐竜家族」があった。風刺がきいていてかなり意味深なストーリーが多く、身につまされた。
 さて、上記のホームページのようなファンサイトも充実しているのもうなづける。このホームページのように風刺している内容がわかると面白さ倍増…。
 第55話 パパはスーパーヒーロー  "Earl, Don't Be A Hero" にも、笑える場面があった。主人公の恐竜メガロサウルスのアール・シンクレアが放射性廃棄物で汚染された池に落ちるだが、この池の名前が「Silent spring」。直訳すれば静かな泉だが、レイチェル・カーソンの「沈黙の春」のもじりだ。これを発見した時は、本当に笑えた。(この話のストーリーも良かったこともある)

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シャーロック・ホームズ研究

リンク: University of Minnesota Libraries: Special Collections & Rare Books: Sherlock Holmes Collection.

University of Minnesota Libraries: Special Collections & Rare Books: Sherlock Holmes Collection

 今は脱会したのだが、かつて日本シャーロック・ホームズ・クラブに入っていた。非常に興味深い会で、いろんなことが勉強になった。会の趣旨は、コナン・ドイルの著作、シャーロック・ホームズものを「聖典」として、ホームズを「実在の人物」としていろいろ「研究」するというものであった。あくまで大の大人が真面目にホームズを歴史上の人物(死亡が確認されていないから、私が居た頃は生きているとする立場の人も大勢いました)として研究されていました。
 だから、会の雑誌も大真面目で楽しくやっていました。研究紀要や本格的読みものまでありました。それがほとんど事実上のボランティアでやっているのだからすごい。とくに研究紀要は「査読」を行い「英文要旨」(日本語以外の言語ならよいらしいので、今にして思えば、韓国語や中国語にしておけばよかった)もしっかりつける。査読やアドバイスも非常に的確で、かなり励ますようなものが多かった。考古学会とはえらい違いだと思ったものだ。(たぶん考古学会というより、プロと称する人たちの学会はえてしてそういうものかもしれない)
 さて、この会の恩恵ははかりしれないのだが、世界のホームズ研究のすごさを感じたのは、たまたまホームズ関係のホームページを見ていたところなんと私の名前が出ているではないか、text in Japanese とある。間違いない。私が書いた駄洒落みたいなものまでちゃんと収録しているのだ。ミネソタ大学図書館のシャーロック・ホームズコレクションは…。それにしても英語圏の情報収集力のすごさを垣間見た気がしました。

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April 18, 2005

魯迅とツルゲーネフ

 中国の著名な文学者「魯迅」(ルーシュン)がツルゲーネフの「あいびき」の主人公ルージンから来ているとしたのは、山本夏彦翁であった。翁はなんの引用もしていないので、①あまりに当たり前なのか②翁の独自の卓見の二つの可能性が有る。私は近代中国文学もロシア文学も詳しくないが、魯迅の作品に「狂人日記」があり、ツルゲーネフに「猟人日記」がある。これも偶然の一致とは思えない。魯迅が早くから世界に紹介され、日本でも二葉亭四迷によって訳されたツルゲーネフの「あいびき」などの作品を日本に居た魯迅が全く読まなかったとはむしろ考えにくいので、個人的には魯迅の筆名はルージンから来ているとしてよいと思われる(ちゃんと調べていません)。
 問題は魯迅がツルゲーネフを読むのにあたって二葉亭四迷訳で読んだかも興味がある。おそらくロシア語そのものや英訳ではなく、二葉亭の「あいびき」で詳しく知ったものと推測する。それはなぜかというと、魯迅という名前が中国語の北京音では、「ルーシュン」となってしまい「ルージン」とはちょっと違う音になってしまうことにある(勿論魯迅の名がルージンから来ているという前提だが…)。
 魯迅の故郷である紹興や上海でどのように発音するか興味深いところであるが、魯迅が日本語でツルゲーネフを読み、筆名に採用したのだとしたら…。十分ありうる話だと思う。どなたか専門家に聞いてみたいところである。また魯迅の文学が二葉亭経由のツルゲーネフ理解の下にあったとしたら、世界の文学というものはますます不思議なものだという気がした。

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中国の毒蔵先生「魯迅」

 中国の反日デモをみていると、いくつかの文学が思い出される。一つはパール・バックの「大地」、山崎豊子の「大地の子」そして魯迅の一連の作品だ。
 漢文学ではなく中国文学を目指したはずの武田泰淳が現代中国と史記の世界があまりにも似ているのにショックをうけて(勿論その本質部分だろうが)、「司馬遷 史記の世界」を著したことは有名だ。日本の歴史を見てもその本質的な部分で江戸時代の風習や思考法から私たちが抜け出せないのだから、本質的にはかなり保守的な中国の人がその歴史的発想から抜け出せないのも当然だろう。
 さて、その中国人の本質的な部分を抉り出している魯迅だが、勿論ペンネームである。本名は周樹人。魯はのろま、迅はすばやいという対義語を接続したとも(夏目「漱石」、石で口を漱(すすぐ)という屁理屈。中国の古典の引用のようなものか?)、とくに魯は母親の姓だから一見もっともだ。
 ただ、私が捨てきれないのは山本夏彦翁が紹介しているツルゲーネフ作『あいびき』(邦訳は二葉亭四迷・原題はルージン)の主人公「ルージン」から来ている説である。(翁はとくに引用文献を明示していないので、翁の説である可能性もある。)魯迅の複雑なキャラクターを考えると捨てがたい。『あいびき』が日本で出た後に日本に魯迅はいたのだから読んでいておかしくない。
 ちなみに北京語では魯迅は「ルーシュン」だが、上海や紹興ではどのように発音するのだろうか。清末から現代中国の作家や著名人の名前をしきりに北京音でフリガナをふる人びとが多いが、南方人にとっては、外国語で名前を読まれているようなものではないのか。私はむしろ中国の著名人の名前は日本語読みするほうがむしろ好ましいと考えるが、「魯迅」先生ならなんというのでしょうか。

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『魏晋の気風および文章と薬および酒の関係』

リンク: 魯迅作品『魏晋の気風および文章と薬および酒の関係』.
 有名な魯迅の評論である。「古いところを研究するには、資料が少なすぎるきらいがあるし、新しいところを研究するには、今度は資料が多すぎるのです。」中国文学史のことを語っているが、これは歴史一般にいえることである。
 また、「歴史書の記載と論断には、しばしば非常にあてにならない、信用できないところが、相当にあります、というのは誰でも知っていることですが、ある朝廷が長く続いた場合には、かならずその歴史書に立派な人物がたくさんでてくるが、短い場合にはほとんど立派な人物はでてこないのです。どうしてでしょうか? それは年代が長く続いた場合には、歴史を書くのは同朝人でありますから、当然同朝の人物をもちあげるが、年代が短い場合には、歴史を書くのは別の朝代の人になりますから、甚だ自由に異朝の人物をけなすのであります。」
 魯迅という人の短編は言い得て妙というか、グサッとくるものがある。「毒」もある。他にも「正史」の類は一見字句の校訂が正しく信用できそうであるが、肝心のことが(時の為政者に都合が悪いと)削られているので、多少字句の錯誤はあっても「稗史」「野史」の類も読まねばならないという。
 これらはみな魯迅の発見ではなく、中国人の智慧のようだ。しかし、異邦人にこういうわかりやすい言葉で残してくれた魯迅の業績は不朽である。

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April 17, 2005

松代はアガタだった。

 長野市南部に松代(まつしろ)町がある。江戸時代真田氏が本拠をおいた松代城がある。この「松代」というのは江戸時代になってついた名のようで、(待城、松城→松代城になったとも)それ以前の武田氏の根拠地であった時は、海津(貝津)城とよばれていた。さて、海津は武田氏が築いた。名前を信玄公がつけたと言う証拠はないらしいが、非常に教養のあった信玄公が、千曲川の日本海水系における水運に注目して「(日本)海(につながる)津」と「甲斐の津」をかけたのではないかと夢想する。
 さて、海津と名づけられるより前は寺尾と呼ばれていたらしいが、これは上野国から来た寺尾氏にちなむらしい。寺尾の前はどうやって呼ばれていたか。はるかな昔、延喜式(平安時代)の頃は英多(えいた・あがた)と呼ばれていたらしい。「えいた」という読みはともかく、これを「あがた」と読んでいたとすれば、信濃の歴史を考える上で非常に重要なヒントがここにある。
 古代史の教科書的な解説によれば「あがた(縣)」は「みやけ(屯倉)」と並んでで大和朝廷(王権)が支配した「地方」の直轄地的な場所とされる。
 このこうしたアガタ地名は信濃に散見される。松代以外に長野市県町(県庁周辺)、松本市県(旧制松本高校周辺)がある。上田地方の郡を「小県(ちいさがた)」と読むのも大和朝廷(王権)と結びつける考え方(一志茂樹先生の説)があった。ただ、こうした「あがた」地名を必ずしも大和王権に結び付けなくても良いという考え方が諏訪や上田の郷土史の研究にあることを知った(諏訪大社の勢力範囲を大県、外県、内県などと呼ぶ)ので、私自身も「あがた」=大和朝廷(王権)の直轄地とはいえないと思うが、どちらにしても当時の要衝の地であったことは間違いないだろう。つまり、俗に松代、長野、松本などは中近世あるいは古代から出発したと思いがちだが、その要衝としての機能は古墳時代あたりまで遡る可能性がありはしないか。
 松代はいわずもがな千曲川寺尾の船着場に隣接して発達し、長野市県町は裾花川が古代に分岐していた場所、松本市県は薄(すすき)川の川べり、上田小県(ちいさがた)の諏訪形(すわがた・諏訪県が転じたという説もある)は、千曲川に面した土地である。つまり、古墳時代の王権の支配というのが、領域的な支配ではなく、こうした要衝(川の津や陸上交通の拠点)であったとするとようやくその実態がおぼろげながら私にも少しは見えてきた気がする。

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禍福はあざなえる縄の如し

 「人間万事塞翁が馬」とはいうものの、本当にものの正否はわからない。

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April 16, 2005

戦国武将の勉強法

 千軍万馬往来の世、戦国武将はどのように「勉強」していたのか。(まるで某プ○ジデント誌がテーマにしそうな話題ですが…)
 徳川家康などは「吾妻鏡」「四書五経」などを儒学者から講義してもらって学んだという。藤原惺窩(ふじわらせいか)などが有名だ。
 これって昔は横着でこういうことを武将がしていたのかと思っていたが、いやむしろこういう勉強法も大事なようである。「講義」してもらってというが、むしろ家康が儒学者にいろいろ質問して、議論になったりしたのではないかと思う。自分でただ本を読んでいるのではなく、論議すると理解が深まると思う。

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タイガー&ドラゴン

 いよいよ毎週金曜日夜10時から放映の「タイガー&ドラゴン」今日は「芝浜」がネタ。噺家の方が西田裕行、長瀬智也、岡田准一、阿部サダヲさんらを徹底的に指導しているのだろうけど、さすが芸能人なかなかああいう風に出来ないと思う。最近、自分の講演の調子がますます落語家みたいに「えー」だとか「うー」だとか、さらには舌たらずになって来ていると指摘されるが、話し方の理想が噺家さんにあるんだから仕方が無いかも…。
 来週は、「饅頭怖い」だそうだが、この噺は考古学のネタにも私使っています。どういう風に使うかは、別の機会に。

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チキンレースには勝てない…

 確かジェームズ・ディーンの「理由無き反抗」で、自動車同士ががけっぷちで度胸試しをする「チキンレース」(どちらがぎりぎりまで我慢できるか)の様子が描かれていた。
 この我慢比べ、なにも「不良」の世界だけではない。一般社会にもよくあるようだ。どちらがどこまで仕事をなるべくしないでお客さんに迷惑をかける直前まで我慢するか…。私は我慢しきれません…。なぜなら自分がお客の時、とてーも嫌な気がしたから…。
 

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April 13, 2005

ファイル名は英数字で…

 ホームページの一部を変えてアップロードしてうまくいったはずなのに昨日から一部が見られなくなってしまった。FFFTPのせいかとも考えたのだが…。アップロードする前の自分のデスクトップ上では、ちゃんとリンクされていて、特段変わったこともなく見えるのに。
 サーバーが悪いのかとも考えるが、他のファイルや河童がアップロードするのは何の問題もない…。やはり心霊現象か?
 結局悩んだすえ、良く見てみると問題のファイルをなんと「漢字」で「命名」しておりました。道理でうまくいかないわけだ。

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April 10, 2005

しな鉄

 支那鉄道ではありません。信越線が第3セクター化されたしなの鉄道の略称です。
 それにしても「しな」と入力して「支那」と一発変換されないIMEもなあ…。

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巨人が弱いとよいことが…

 今年こそ巨人の活躍を期待していたが、この体たらく…。目も当てられない。我が家は現在巨人軍の機関紙某Y売新聞を購読しているので耐えられるところが、皮肉たっぷりのA日新聞だったら朝から血圧が上昇し、仕事に差し支える。
 テレビもスポーツニュース関係を含めて全く見ない。ところで、こういう状況悪いことではない。ジャイアンツ戦およびスポーツニュースを全く見ないとまあその分研究は進むようである。考古学的には巨人が弱くなったほうがよいかもしれない。

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こんなに話してあんなちょっと…

 過日某新聞社の方から取材があった。ちょうど関西へ出張していた時に、出張先まで電話があったのだから、よほど私の話が聞きたかったのか…。
 元来の目立ちたがりであるからして、取材はそれほど嫌いではない。インターネットの検索で調べたとか…。30分は話しただろうか。
 あとでその新聞記事を送ってもらうことをお願いする。ところが記事は送られてこない。そこで、インターネットで検索してみるとちゃんとひっかかった。道理で送ってこないわけだ。30分の話が、わずか3行に圧縮されていた。悲しい。

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April 04, 2005

ホームページを作る人作らない人

 今はやりのブログというのをやってみて、ホームページ作りもだいぶ楽になってきたような気がする。ただ、どんなに作るのが楽になっても決してやらない人はやらないだろう。とくに非営利のホームページは。
 私が周りの人を見て思うに(さらに自分も省みて)、ホームページをやる人というのはかなりの目立ちたがりである。(それは本質的な意味において)
 一見、物怖じしているようで、実は出たがり目立ちたがりの人じゃなけりゃやってられない。そもそもプロフィールとか自分の仕事や趣味の紹介など奥ゆかしい人からみると狂気の沙汰のようである。
 だけどそもそもどうしてそんなに目立ちたがるのか…。自分もかなりの目立ちたがりなのだが、今一本質的な理由はわからない。
 

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通船と中馬の関係

 私が住んでいる現在の篠ノ井は信越線(今はしなの鉄道になりました。略称シナテツ)と篠ノ井線という鉄道の便によって発達した町であるが、本来篠ノ井の町は、北国街道と善光寺街道の分岐である篠ノ井追分あたりが中心だった。街道の分岐だったので中馬(馬による運送業)や人の往来によって発展していたのだが、忘れてならないのは水運(通船)である。篠ノ井追分の千曲川へりが唐猫でこれが通船の船着場だった。唐猫より上流は上田藩が通船を許可しなかったこともあって、唐猫や寺尾(松代)までが、日本海側から物資が船ではいってくる拠点であったようだ。
 さて、唐猫には大鼠と唐猫に関する興味深い民話もある。この話では、大鼠(坂城の鼠)を退治した唐猫が篠ノ井付近に流れついたことになっているが、この話も水運が篠ノ井近辺は盛んだったという話を反映していると思う。それにしても「唐猫」というのも面白い。

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歴史を安易に持ち出すと…

 政治ネタはあまりやらないほうが良いと思いつつも…。某大統領の大人気ないやり方には、一言日本の立場としていいたい。
 さて、韓国側としては、純粋国際法的な論議では不利であることは、おそらく百も承知でしょう。ですから「過去の歴史認識」とかなんだか、法的には訳がわからない「倫理」的な面を持ち出してくる。さらに近代国家のルールが東アジアで定着した以前のいろんな「古代の歴史的」証拠を持ち出してくるのでしょう。
 だったら、(あまりそういう風に歴史的文献を使うのは好ましくないが)、こちらは「日本書紀」「古事記」ほか古代の文献を総動員するのも効果的かもしれない。ただ、韓国の巷には、「記紀」の珍解釈本が満ち溢れているので、そうした反論があるかもしれない。
 しかし、前近代の領土や国家に対する認識を安易に持ち込むと困るのは韓国ではないでしょうか。対日本の場合は、よいでしょうが、中国側が漢四郡などを根拠に、朝鮮半島の多くの部分の領有を主張した場合どのように反論するのか興味深い。よくも悪くも高麗朝や朝鮮朝も中国の朝貢国であったわけで、朝鮮半島全体を、かつては「中国」の一部であったと主張する説が、中国から出てきてもおかしくない。(チベット、台湾やベトナムを見よ)
 中国で発売されている「中国歴史地図」の類を見れば、朝鮮半島が中国王朝の領土にされていることがはっきり書かれていることが多いのだ。
 話は変わって、竹島周辺は日米安保条約の対象範囲内になるのでしょうか。尖閣諸島は、対象になるとアメリカは明言していましたが…。

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