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March 2005

March 28, 2005

攻める論点が間違っているのでは…

 竹島(韓国側のいう独島)問題や日本海呼称問題にしても純粋に学術的な論議するのならまだしも現在の政治的状況を反映してのみのこうした韓国側のすすめかたには大きな疑問を感じる。そして、日本非難の本質を間違っていないか。
 「歴史」というものは時の為政者によって作られるという概念が韓国では、定着しているのだろうか。日本側によっていくら実証主義的な反論がなされても黒を白と言いくるめて反論すればやり過ごせるとおもっているのだろうか…。あと多数決で歴史が決まるわけでもない。
 さて、実は竹島問題の本質というか、日本の過去の朝鮮半島植民地政策の批判については、もっと日本の本質をつくべきだ。つまり、日本は朝鮮(当時は大韓帝国)の独立のために日清・日露を戦ったということが戦争目的の一つだったはずなのに、それを反故にしたということだ。
 当時の日本が、帝国主義全盛の時代だから弱肉強食で弱い国は滅ぼされてもしかたがないという政策を主張していたならいざ知らず、前述のようなことを公式に唱えていたことに大きな欺瞞が有る(ことを韓国政府は指摘すべきだ)。安重根義士も同様なことを主張していたはずだ。安の指摘は今の日本人の心にも訴える内容がすくなくない。日本は過去に「道義」的な外交を主張していたと指摘することが大事ではないか。竹島の問題もなんだか怪しげな資料で我々が先に見つけたから韓国領土だというのは、一つ状況が変わると意外に危ういのではないか。古文書や文献は意外に日本の方に多く残っているので、今後韓国側に不利な証拠がどんどん見つかるかもしれない。
 ああいう扇情的な非難は、今の日本人からみると非常に野蛮で凶暴な人びとという印象を与えるだけだ。日本人は決してああいう運動の仕方を勇敢だとは認識しない。
 さらに、在韓国日本大使は職務に忠実なだけであって、これを妄言というのはよくない。自分の仕えている政府に忠実なのはあらゆる外交官に求められる資質である。王毅在日本中国大使が、中国の国益のために努力しているのと同じことである。

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信濃国分寺資料館

 今日ドライブの帰りにたまたま上田市の信濃国分寺資料館にいってきました。ちょうど企画展「上田小県地方の弥生文化」(というような題名)を開催していました。
 この信濃国分寺資料館は、私が中学生の時にできた博物館で、当時上田市国分に住んでいた私は地元割引?を利用して夏休みの自由研究におおいに活用させてもらいました。資料館の入り口右側にはってある全国国分寺瓦のパネルを模写して、瓦についてレポートしたものが中学校の雑誌に掲載されたのが、私の人生最初の考古学の研究?が活字化されたものです。この資料館に来るといつも懐かしい気持ちにとらわれます。
 さて、企画展もすごかったのですが、常設展示の古代の瓦関係も非常に良かったです。私も近所で瓦を拾ったので、今度信濃国分寺資料館で鑑定してもらうことをお願いしてきました。

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March 27, 2005

土器の実測

 久しぶりに土器の実測。やらないといろいろ忘れますね。本当に。実測も大事なんだけど、それ以上に大切なのが編集。沢山載せればいいってものじゃないのだけれど。
 自分の認識では「縄文土器の研究」をしているつもりだけど、最近は忘れさられつつあるようなので、ちょっとはやっていかないといけないかも…。

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March 21, 2005

歴史を土地で見る

 今回本当に久しぶりに関西の遺跡(ついでに巨大古墳も)巡ってみて、「歴史」とは時間の流れを目で見て実感することが重要ということがわかった。
 歴史という時間の流れは、段階として意識されることが必要である。「○○時代」という考え方はすべて時間を階段的なものとして把握しようとすることにある。段階(階段)というのが適当でなければ、時間を区切るという発想が無いと永遠の時間の連続になってしまうかのようだ。
 次に、それが目で見てわかるかということである。もちろん文献というような文字資料は重要だが、それがとくに人物や土地に代表される。○○天皇(政治権力者など)の時代(明治時代)、××に都(政治的な中心)があった時代(奈良時代)というように一目瞭然の目印がほしくなる。古代以降の奈良時代、平安時代、鎌倉時代…はその時代の政治的な中心があった場所で時代を代表させている。
 これを古墳時代から奈良時代にかけての時代をつないで考えてみると(本来は違う原理で呼ばれている時代なのだが)、まず天皇で区切っていく方法がある。例えば仁徳天皇、欽明天皇、聖武天皇の御世(時代)とか。
 ただ、ここで興味深いのはこの仁徳や欽明といったのは漢風諡号(奈良時代に淡海三船がつけたとか…)で、例えば欽明天皇の場合、日本書紀によれば「天国排開広庭(あめくにおしはらきひろにわ」天皇(すめらみこと)と磯城島(しきしま)天皇(敏達紀)という呼び名があり、後者は欽明天皇が磯城島に金刺宮を置いて政治を行ったことによる。
 ここで注目したいのは「紀」の記載に従えば、生きているうちは御名で○○天皇と呼ばれ(この○○は皇子の時代と同じ)、死後は××天皇と呼ばれる時の××は地名であることだ。
 歴史として過去になったと認識された段階から政治権力者も「地名」に還元されてしまうようである。これは「続日本紀」などでも同じようである。
 ただし、土地との関係で不思議なのはあんなに大きな古墳を作っていたのに、古墳の所在地で天皇などの名前を後世つけたりはしないのだろうか。

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March 14, 2005

千曲川古代の水運

 明日(日付の上では今日)〆切りの発表要旨を仕上げる。千曲川の古代(といっても縄文時代から中世ぐらい。要するに文献史料が充実している近現代以前)のことを考えてみる。それにしても千曲川の近世以降の通船や木流し(波田陽区のことではなく、材木を川に流すこと)の研究が進んでいるので、大変参考になった。
 今回は図の作成にフォトショップエレメントを使ってみた。だいぶ苦労したが、まあまあの出来になった気がする(図が…。内容はともかく?)
 一応念のために打ち出し原稿と原図も大会事務局に送ろうとは思うが、それは明日おきてからにしようっと。もう寝ます。

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March 12, 2005

榎一雄「邪馬台国」

 榎一雄「邪馬台国」至文堂,昭和35年を古書で手に入れた(300円)。魏志倭人伝の邪馬台国位置について伊都国以降は放射状に読むべきだと提唱したことは知っていたが、直接著作を読んだことは無かった。
 今回、この本を読んでみて榎一雄が今読んでいても非常に新鮮で、たしかな古代史研究をしていたことが、分かった。邪馬台国や三角縁神獣鏡の指摘は今も十分通用する。また東洋史学者だけあって中国の史書の文献の説明は非常にわかりやすい。今また再刊されて読まれるべき本の一つだと思った。

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March 11, 2005

pottery

 土器(陶器)を英語でいうと「pottery」だが、これって単複同形で使うこともあるとのこと。potteriesという複数形で使う人もいるらしいが…。勉強になりました。

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March 10, 2005

チャングムの法則

 NHKBSで人気の「チャングムの誓い」(原題「大長今」)。今日はハン尚宮(サングン)とチェ尚宮の料理対決でした。(チャングムの前に「どっちの料理ショー」を見ていたので、余計笑えました。ピザとチヂミ対決でちょうどチャングムの導入で良かったです)
 勝ったほうが最高(チェゴ)尚宮になるというのに、ハン尚宮はチェ尚宮たちの陰謀で勝負の場に来られません。ハン尚宮の変わりに主人公のチャングム(イヨンエ)が対決料理を作ることに…。
 さて、勝負はチャングムたちの逆転勝利でしたが、法則を発見しました。料理対決は何回もの料理対決の通算勝利数で判定するのですが、勝負をする皇太后、王、皇后が最初に食べた方が負ける展開でした。
 確かに、最初食べた料理がそこそこおいしいのだが、次に食べた料理がもっとおいしいといのが、料理対決には欠かせない展開…。これってどこかで見たような。日本では「おいしんぼうの法則」(by雁屋哲)ですかね。

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March 09, 2005

ネギを植えた人

 民話というのは、長年多くの無名の人びとによって洗練されてきたものだけあって、非常にすばらしい話がある。考古学の世界とどこかつながっているような気がする世界である。さて、一番好きな民話は?と聞かれると唯一といわれると困ってしまうが、かなり好きな民話の一つに朝鮮・韓国では人口に膾炙した民話「ネギを植えた人」というのがある。どういう話かというと
 まだ、人びとがお腹が減ると肉親や友人と言えども、ヒトではなくウシに見えてしまい。共食いをしていた時代に、ある若者(だったか)が、これではいけないと一念発起して旅に出たところ、ヒトとウシの見分けがつく国にたどり着いた。その国の人にどうしてウシとヒトが見分けが付き、ヒトが共食いしないで住むかと聞くと。自分たちはネギという青いクサを食べているからウシとヒトの区別がつくのだと教えてもらう。
 その人は、大変喜んでネギの種を分けてもらい故郷に帰って、ネギのことを自分のムラの人たちに教えようとする。ところがムラ人たちはお腹が減っていて、「なんとおいしそうなウシなのか」とネギを持ってきた人のことをウシと間違えて食べてしまう。ところがしばらくして、ムラに見慣れない青いクサが生えてきた。かぐわしい匂いがするので、食べてみるとあら不思議。ヒトとウシの見分けがつくようになり、そのムラでもヒトが共食いしなくても良いようになった。しかし、ムラ人たちはネギを植えた人のことは誰も知らないのであった。
 学問の世界では、誰が最初に発明したとか発見したとかは非常に大事なのだけれども、こういう気持ちを少しでも持てたらと思う。

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March 05, 2005

出身地

 昨日、出身地について久しぶりに記入する機会があった。考えてみれば約20年前、就職活動をしてい頃私はなんと記入していたのだろうか。
 私のように引越しが多い人間にとってどこが出身地か迷うところであるが…。
 辞書で調べてみると生まれた所とある。英語ではplace of birth。なるほど。出身地は出生地のことらしい。この年になって気が付きました。

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March 03, 2005

楽天の一場投手

 楽天の一場投手が活躍していてテレビにもよく放映されるのですが、「楽天、一場が」→「楽天いちばが」→「楽天一馬鹿」に聞こえて仕方ありません。
 話変わってトイレに文庫本を持っていって大○をするので、我が家ではトイレに持っていく文庫本を「う○こ本」と呼んでいます。

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